企業研修の感想文・体験談
-
「発した言葉が言霊になる」と言っていたことが最も印象に残りました。日頃、愚痴やなき言を口にしてしまう事が多い自覚があります。口に出すことで言霊になり、自分の耳に入る。ネガティブな情報をより強く自分に与えてしまうことになります。今後はネガティブな言葉を減らす事を心がけます。そして辛い時、困難に立ち向かわなければならない時、前向きな言葉を発することで乗り越えていきたいと思います。
次に印象に残ったことは「人生の主役になるか、負け犬になるか」という言葉です。それは自分自身を大切にする事だと解釈しました。しかしそれは決して欲望のままに好き勝手に生きるという意味ではありません。「どうせ自分なんか」という自分を粗末にする考えをしないことだと思います。私自身「どうせ自分なんか」「自分はこのレベル」と思ってしまうことがあります。そのような考えを改め、積極的な姿勢で人間力向上につとめることが、自分を大切にすることだと思います。私自身のオンリーワンを探求し自分の価値を高めるために今後も努力していきたいと思います。一泊二日の企業研修でした。当初はお寺の研修ということで礼儀作法やマナー中心の研修になると想定していましたが、蓋を開けてみると肉体的にも負荷の高いもの(滝行等)も多く、肉体的にも精神的にも良い学びの機会を得ることができました。
滝行に臨むにあたって、南無大師遍照金剛を唱えることは印象的であり、当初はなぜ唱えるのかがやや懐疑的であったが、いざ滝行になると唱えずにはいられないというより、唱えることで滝行中の雑念や恐れなどを打ち払って滝行に取り組むことができて良かった。
滝行以外にも各所で作法や礼儀に払っており驚いた。一般的にはあらゆる局面で挨拶や決まった礼節などがあることは億劫に感じるかもしれない。しかし同じ言葉を絶えず繰り返すことは脳にインプットされ、刷り込まれていく。やがて条件反射的に、適切な場面で適切な言葉や作法がアウトプットされるようになるだろう。なぜこのことを取り上げたかというと、この考え方は会社や組織にも応用の効く考えだと思ったからだ。一般的に会社や組織において働くメンバーの能力やスキルセットがほとんど同じであるいうことはあまり考えられない。多くの場合、そこに従事するメンバーの年次や経歴などから能力やスキルセットには差が生じてしまう。とはいえ、会社組織で事業に取り組む際には、なるべく全員の能力
やスキルセットを盛り上げたいと考えるはずだ。会社組織やチームのスタンダード、価値観を底上げするには、この念仏的思考は非常に有効だと考えられる。毎日幾度となく同じシーンで同じ言葉や作法を説かれる。それは身体に染み込まれ、いつしか考えるより先に身体が動くようになる。仕事においてもチーム内のベストプラクティスや良い考え方を適切なシーンで繰り返すことで、チーム全体のアップデートなどが実現できるだろう。
このように今回の研修では、仕事への転用のヒントも見つけることができ良かった。今回は企業研修という縁で、こちらで修行をさせていただきました。この三日間は初めてのことばかりで、気を抜くことが大切だと言われつつも、完全に抜くことは出来ませんでした。過去の経験上、普通の道から一度外れたことがあるため、他の人よりも劣っていると感じている部分が多くありました。
今回三日間を通して、幸せになるための生き方のヒントを教えて頂き、苦しかった中にたくさんの幸せを見つけることができました。
一つ目は「運動」です。私が一番苦手としていることであり、最小限にしてきた部分でした。お百度参りや滝行、三禮など体力の無い私にとっては苦しみしかありませんでした。しかし、「運を動かす」と聞いた瞬間、そうだったのかと勿体ない事をしていたのだと気づきました。行動する事がまさに大切なのだという事、その為にしなければならないのが運動。社会に出る前に自分から運を遠ざけていた事に気付いたため、今後も運動することは大切にしていきたいです。
二つ目は「仲間」です。友人付き合い等苦手ではないのですが、時に言いたいことを言えない、信じたいけどどこまで信じれば良いのか、五年程悩んできました。しかし、今回の苦しい修行には必ず仲間の支えがあり、ここまで応援をしてもらっているのに信じきれていなかった自分に腹が立ちました。何より、私自身がみんなに信頼してもらえる人間になりたいという意志があったのにも関わらず、真逆の考え方をしていたのだと気付きました。自分が苦しい時に支えて応援してくれているみんなに対して感謝と信頼を忘れる事なく行動できる人間に変わりたいです。
三つ目は「一人も欠けてはならない」です。今回同期からあと二人来る予定でしたが、各々都合があるとの事で全員揃いませんでした。目的を達成することは勿論大切です。しかし一期生として、みんなで会社をつくっていくんだという時に一人でも欠けてしまうと、こんなにも気になって今後どのようにサポートをしていくべきなのか頭から離れませんでした。みんなでやる事の意味を知るいい機会になりました。
この会社では全員の考え方は違えど目標を達成することにこだわっています。誰一人として自分が必要ではないと思われないように周りは見るように心がけようと思います。
一日一日苦しい思いをしていましたが、結果としてやりきった達成感と発見をたくさん見つけることができた三日間でした。ありがとうございました。令和五年五月一日・二日で天光寺に研修に行かせていただきました。天光寺は、JR武蔵五日市駅からバスで四十分くらいの、東京都西多摩にありました。私の家から天光寺まで、合計で二時間ほどかかるので、天光寺に到着するまでも一苦労でした。まず到着したら申込用紙を書き、次に会社・社長・社員などの祈願を行いまいした。初めてするものだったのですごく新鮮で不思議な気持ちになりました。祈願中、ずっと正座だったのがすごくつらかったです。次は挨拶の所作を行いました。挨拶では、会社名・名前・出身地を大きな声で練習し,とても楽しかったです。次に、食事をし、お百度参りをしました。「御宝号」を大きな声で唱えながら二十メートル程のお百石を百八往復してお参りしました。お百度参りはすごく楽しかったです。次は滝行に行きました。ずっと緊張していた行事だったので怖かったのですが、みんなで車に乗って向かい、山登りをして少し緊張がほぐれました。それからいよいよ滝に入ると、冷たすぎて声が出なくなりました。しかし、気合いが入って良い経験になったかなと思います。それから写経をし、一日目が終わりました。二日目になり、すごくつらかったのが三禮です。「おん・さらば・たたぎゃた・はなまんな・のうきゃろみ」を三百八回繰り返しました。終わった後、筋肉痛で歩きにくくなりました。この二日間、今まで経験できなかったことを体験させて頂き、ありがとうございました。社会人頑張ります。
前職の研修が人生で一番きついと思っていましたが、今回の研修が一番辛かったです。終わった時の達成感はありました。あいさつで大きな声を出すと相手に良い印象を持たれるので、今回もう一度あいさつ練習で己紹介の練習ができたので、これからの仕事につなげて行きたいと思いました。研修の中で一番恐れていた滝修行は、とてもすっきりしてもう一回やりたいと思いました。頑張れた理由は、周りの人も声を出して下さり、一人ではなく皆でと思ったら頑張れました。お百度参りも皆で声を出して走ったので、辛くても頑張ることができました。写経も中学生ぶりの習字だったので、意外で難しく丁寧にならなかったのが、少し悔しいです。ご飯も野菜しか使っていないのに、すごく美味しかったです。いつも肉がメインですが、野菜だけで色んな料理が作れること、身体にとても良いことなので、食生活も気を付けていこうと思いました。
いつもスマホばっかりの生活ですが、スマホと離れてみて体が休まりました。また深い眠りにつくことができたので、たまにはスマホから離れてみます。朝早く起きることで、朝からの掃除がとても気持ち良く、他のお客様の為にもキレイにしたいと思い、色んな場所を掃除しました。正直、一番研修の中で辛かったのは、三禮です。何度も諦めたく、逃げだそうと思いましたが、皆が頑張っている姿に自分も負けてられないと思い、最後までやりとげることができました。先生もあきらめない心をもつこととおっしゃっていたので頑張りました。今では、全身筋肉痛と膝の下がとても赤く腫れていますが、これも今回の研修で出来た傷だと思い、前向きに頑張って行きたいと思います。正座を普段しないので、とても痛かったですが、乗り切るとができました。このような経験ができ、とても良かったです。皆で一緒にやることができて良い思い出になりました。
天光寺にて研修を行いました。一日目はまず般若心経を繰り返し音読しました。初めて見る漢字も使われていましたが、それぞれに意味が込められていることを知りました。次にお百度参りを行いました。神様に向けて御宝号を唱え走り続けることは余計な事を考えず、無心になることができました。自然豊かな場所で声を上げて走ることは普段しないため、貴重な経験になりました。続けて滝行を行いました。冷たい滝の中で御宝号を唱えることは体力をかなり使いますが、大変なときも強い意志を持って行動することを学びました。一日目の最後に写経を行いました。写経を筆で行うことで集中力が身に付きました。
天光寺では精進料理を食べました。野菜を中心に構成されており、品数も多く食事をすることができました。寮で自炊をするときはおかずが少ないので、これから増やしていきたいと思いました。また必要以上の糖分や脂質が含まれていないので睡眠の質が向上し疲れにくい体になったことを感じました。
二日目は、朝起きてから清掃を行いました。普段は夜や休日の昼に清掃をするので、朝に行うと心が落ち着く感覚がありました。次に腹式呼吸を使った声出しを行いました。普段に声を出すよりも響きやすく、相手に伝わるので続けようと思いました。また落ち着きたい時も腹式呼吸を行うことで数分でリラックスすることができ、就寝もすぐに睡眠に入ることができました。次に三禮を行いました。三十分以上正座や立つといった動作を続けなければならず、体力を使いながら丁寧に所作を行うことが必要でした。このことから自分がどんなに大変な状況でもやるべき事を最後まで行う忍耐力を学びました。
今日の研修では特に困難な事や成功をするための強い精神、心の在り方を学びました。会社の業務だけでなく、日常生活にも生かせる事があったので今日から生活に取り入れていきたいと考えています。
天光寺へ企業研修として行くことになり、とてもつらいと聞いていたので心構えをしていましたが、想像の何倍もつらく大変でした。五月一日の午前十一時に到着し、挨拶の所作を練習しました。正座を全く行ってこなかったので、とてもつらいスタートとなりました。そして昼食を頂き、着替えたのち、お百度参りを行いました。弘法大師像の前で約二十メートル程のお百度石を御宝号と呼ばれる、南大師遍照金剛を大声で唱えながら走りました。その後、滝行へ子天狗の滝に移動しました。滝行は少し楽しみにしていた行程でありましたが、私の順番が回ってきて足を水ぎわにつけた瞬間に飛びそうなくらいおどろきました。次に山と滝に挨拶をした後、体に水を胴・肩・顔・頭という順にかけて、いざ滝に入ったとき呼吸が思うようにできずに混乱しました。御宝号を唱えながら滝に打たれ、途中止めてもかまいませんと言われましたが、やると自分の意思伝えて、最後までやりきることができました。ここで自分を変えるという不安だらけの経験を本当の意味で知れたと感じました。また二日目の清掃の時間でぞうきんがけを久しぶりにやりました。その後の朝食は特別おいしく感じられました。そして三礼という神様に送る挨拶を行いましたが、これが一番大変でつらかったです。なぜならば、百八回を三セット行い、御宝号と同じ様に唱えながら行ったために体とのどが痛くなりましたが、すっきりとした解放感が感じられました。
瞑想のときは精神を穏やかに心を落ち着かせる事を目的としてましたが、体制を正しくするのが大変で意外と難しく感じました。瞑想も始めて行いましたが、気分が水面のように静かで穏やかになった気がしました。この企業研修を通して、自分自身を変えることは自分を愛して理解する事を怠らずに、頑張ることだと学びました。そして今回、自分自身をいつもとは異なる環境や行動で考える目標を持っていたので、とても有意義な時間だったと思います。これからはもっと自分のことを改めて考え直し、習慣を見直して頑張っていこうと思います。
今回、会社の企業研修で天光寺での修行体験をさせてもらって、最初にイメージしていたものと実際に体験してみて思ったことの違いが大きい物が意外にも多くて驚いたので、その事を感想文に書かせていただきます。
まず一つ目は、お寺そのものに対するイメージです。お寺では電子機器の使用が禁じられていたので、事前のイメージでは本当に電気と呼べるものはほとんどなくて、風呂と電球はいくつかある程度なのかと考えていましたが、蛍光灯や洗濯機、シャワーやテレビなど一通り現代的な設備が多くあって安心しました。また精進料理は煮物の味がうすいようなものに、ご飯といった簡素な物を考えていましたが、味付けも豊富で特にマヨネーズで味付けされたサラダうや二日目のお昼に食べたカレーが美味しくて本当に「肉や魚の入っていないだけの普通の料理」で食べやすく作られていたのも印象的でした。
二つ目に修行の内容についてですが、これは会社で事前に先輩に聞いた話によるイメージでは滝行がつらいと言われていたため、滝行はかなり身構えていましたが、実際に滝に当てられた時間そのものはそれほど長くなくて、そこを踏ん張れば良かったので気合を入れて挑むことが出来ました。それ以上に個人的に辛かったのは二日目の午前中にやった三禮で、「おん さらばたたぎゃた はんなまんな のうきゃろみ」と唱えながらやる一連の動作を三回でワンセット、それを煩悩の数である百八回セットで行うといった内容で普段トレーニングやスポーツなどをほとんどやっていない私にとってはかなり辛く過酷な内容で途中から意識がもうろうとしてしまい、過呼吸になるかとすら思った程なので、個人的にはかなり辛かったです。
三つ目に、最後に見たビデオの内容についてですが、最初はお寺や宗教についての内容が大半をしめるものなのかと考えていましたが、報連相やあいさつについて等、とても研修といったニュアンスのものが多く存在したのでとてもためになったと思いました。
『今回の研修を通して』
最初はどういう研修か、何をするかは聞いておらずすごく楽しみにして研修の日を待っていました。
天光寺に着いて、自己紹介シートに決意を書きました。チーム長になり、プレッシャーが今まで以上になるので、それに対応できる精神力、自分自身の能力を上げることを目標に頑張りました。最初は慣れず、正座をするにも膝や足首など足全般がマヒしている状態でしたが、少し体制を変える形にはなりましたがしっかりと正座をキープ、次に滝行に行きました。一番簡単だと思ったが上から落ちてくる水にビビり目の前で呼吸ができなくなる程。それでも水に入り2分間、かなり体中マヒする中でも最後までやり抜けました。
今回の研修は心技体をきたえる事ができ、自分自身成長したと実感してます。私の場合、苦手な事や嫌な事に後ろ向きですが、先生のお力も借りつつ、しっかりチャレンジできたことに感動しております。先生以外の方々も良い方で非常に良い環境で自分を追い込むことができた。
これからに活かしていく事は、部下が4人ほどできるので仕事で自分の案件以外に悩めることや部下の案件で上手くいかない時が来ると思う。その時、ここでの経験を思い出し、良い方向にチームを思って言ったり、タフさを見せていきたい。またここでの経験を部下に伝える事で、より良い集団に変化していくので、積極的にコミュニケーションをとりたい。
『今回の研修を通して学んだこと』
メンタルが弱くなるため、良い時悪い時も自分がぶれないことを目標として修行に入りました。
流れとして、まずは礼儀、作法、声出し、お百度参り、滝行、三礼、般若心経、写経、瞑想、法話、ひとつ終わるたびに感想を伝えます。感想は必ずポジティブな言葉で終わることが大切でネガティブな言葉は使用禁止でした。
礼儀、作法、声出しについては、人脈を広げるためには印象が大切になるので天光寺では声の大きさや姿勢を意識しなくてはなりません。仕事でも第一印象を大切にはしているのですが、姿勢をここまで意識したことがなかったので今後は仕事でも取り入れます。お百度参り、滝行に関しては忍耐が必要になるものです。走って百回お参りし、滝行は想像していた以上にハードでしたが、終わった後にはやりきった気持ちと達成感がありました。特に先生が近くで応援をしていただいたため、気持ちを前向きに保つことができました。これからチームを持つことになりますので何かあった際に後輩に声をかけるなど助け合う気持ちで取り組みます。
般若心経、瞑想に関しては、自分の気持ちと向き合うことが大切で心をリラックスする効果があります。こちらも何かリセットしたいときなどに、5分の瞑想でも良いので行うと切り替えることができます。
天光寺で修行して大切だと思ったことは思考が人生を良い方に変化させるということです。ポジティブになりマイナスな言葉を使えば思考がマイナスになります。1泊2日を通してポジティブな思考をつくることができたのでこの経験を通して仕事でも良い面をとらえて良い時悪い時でもぶれないよう仕事に取り組みます。
天光寺で、二泊三日の企業研修を行った。一日目、寺の到着後に目標を記した。そこで私は、「本当の自分を見つける」と記した。日常生活では、物事を傍観的な対応をしてしまい、ありのままで、自分の欲のほっするまま行動すること、自分を表現することが苦手であった。その中で、来年4月の就職に備えて、自分自身を見直し、将来を明るいものにしようと考えた。その目標を持って臨んだ三日目は、三つのことを学び、考えた。
まず、一つ。「幸せ」という言葉だ。先生のお言葉の中にも、幸せになりたいですか?という質問が何度も登場した。私は、これまでの二十二年間の中で「幸せとは何か」という問題にぶつかり、そのたびに答えの見つからない迷宮に迷い込んでしまう。幸せになりたくないかと問われれば、もちろん幸せになりたいと答えるが、幸せをどうとらえるかは人それぞれであり、私は、その明確な答えを未だ持っていなかった。この研修をとおして、絶対的な回答は見つけられなかったが、その形は見えてきた。自分が百年後に死ぬのか、来年死ぬのか、今日死ぬのかは誰にもわからない。それを分かって消極的に生きるくらいなら、当たって砕けても、積極的に生きた方がいい。つまり、目の前の一日一日、一瞬の時を必死に生きるしかないのだ。先の事を考えること、見通すことも大切だが、目の前の出来事に夢中に、本気になれないやつがそんな資格持つべきではない。だから、私は、一分一秒の重みを日々感じながら、毎日、明日死んでも後悔しないような生き方をしようと思う。その結果として、いつどんな形になるかは分からないけれど、「幸せ」が手に入るはずだ。そして、それが私の生きる意味になる。
二つ目は「限界」という言葉。目標の一つとして、「自分の限界を知る」というものがあり、修行の中で見つけようと考えていた。まず、感じた事として、世の中には物事を判断する時、二つのものさしがあること。一つは、他人が判断するものさし、もう一つは自分自身の心のものさし。限界は、前者でなく後者のものさしが振り切った状態を指す。滝行を含めた全ての修行の中で、私は限界まで挑めたか。答えはノーだ。周りの人に何と言われようと、自分が少しでも甘え、妥協した部分があったとすれば、それは限界ではない。いくら限界に近づいていても、限界ではないことは不変である。しかし、この三日間の修行で、限界に挑み続けたことは決して無意味ではない。その理由は自分を評価するのは、他人のものさしだからである。つまり、何を得たかというと、自分自身がストイックに自分を高めることは、自分を高めると同時に、他人にも見られることだ。だから私は、明日から結果という明確なゴールに向け、常に限界を目指し努力を続けたい。その結果、人と人の結びつき、人脈を形成し、舞台と役者を作り上げることにつながるはずだ。
そして三つ目は、「仲間」である。三日間のつらく苦しい修行の中で、何度心が折れかけたことか。でも、それを支えてくれたのは、共に頑張る仲間であった。声の掛け合い、仕事の分担、その存在そのものが、私の救いであり、モチベーションであった。憎むより愛する、力むより任せる、喧嘩するより仲良くする。この言葉は、私たちの団結をより一層厚くする心の持ち方である。人を信頼することは、簡単なことではない。裏切り、ねたみ、嫉妬、人と人は簡単にはつながることができない。でも、私たちならできる。この瞬間を共有し、同じ道を歩む私たちなら、必ずできる。この三日間で得た大切な宝物である。
「本当の自分を見つける」ことは、正直できなかった。目の前にたくさんの選択肢があり、どれが最善なのか、何をもって最善なのかそんな分かれ道に立ち止まっているのかもしれない。ただ、ここで得た経験は、私の背中を押してくれた。正解とか不正解とかではなくて、やることに意味がある。心の持ち方ひとつでそれにつながることを学んだ私は、本当の自分探しの一歩目を踏み出せたはずだ。生きる事、働くこと、学ぶこと、悩む事、目の前の課題は数え切れないほど存在する。「幸せ」、「限界」、「仲間」この三日間で得た一つ一つは、私を支える防具であり、武器になる。この経験は、絶対に無駄にしない。必ず大きな男になり、後悔のない人生を送る。
私が研修の中で、最も印象に残ったのは、「しっかりとした挨拶」でした。それによって「チャンスを掴めるか」によって「舞台で役者を演じる」ことができます。これらの言葉は全てご住職が仰っていたことです。人脈があることによってチャンスが生まれる。いつどこに潜んでいるのか分かりません。だからこそ、誰に対しても丁寧な挨拶で振る舞うことを教わりました。
特に「頭を下げる時と上げる時の速さを一定にする」ことが大切だと感じました。なぜなら、それができている人がとても少ないからです。それだけで好印象を与えることができます。よく考えれば当たり前のことですが、大体の人ができていないことなのです。だからこそ、当たり前のことを当たり前にするということがこの世の中で大切だと改めて痛感した研修でした。
また、言われたことをきちんと行うということを強く意識した研修でもありました。これは、当たり前のことです。しかし、自分を含め周りの人も同じことを言われてしまう場面が多かったです。言われたことに対して、ただ返事をするのではなく、責任を持った返事を途中から意識しました。そうすると、自然に声は大きくなり、はっきりしていることに気づきました。いくら表面では意識しているといっても、そういった細かい部分に人間性が出るものだと思いました。今までなんとなくやっていたことが、自分にとってどれだけ大きな意味を持っているのか改めて知れた研修でした。
まとめると、凡事徹底によって、人生が好転すると感じた研修でした。誰よりも当たり前のことに対して百パーセント以上で取り組む。たったそれだけで、特別な人間になれると強く感じました。だから目の前にある物事に対して、今に対して真剣に向き合うこと。今から徹底して行動します。例えば、きびきびとした行動、ちょっとした移動など、ふだんよくある状況です。しかし、そこで機敏な行動をするだけで、私生活は一変します。だらだらとしていれば、全てがだらだらしてしまいます。こういったさりげない行動が大切だと感じています。今思えば、一日目の研修で言われていたことが分かります。この気づきによって、自分は今以上により成長できます。この文を書き終わる今から凡事徹底された人間を目指し、精進してまいります。このような貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。結果で恩返しします。
天光寺での合宿は、まさに肉体と精神を鍛える日々でした。一日目から滝行だったのですが、自分が想像していたものより水の勢いが強く、道中もとても厳しいものでした。普段あまり使わない筋肉をフルに使ってヒィヒィ言いながら前の人に付いていったのを覚えています。滝行では、私の会社の他にもう一グループが参加していたのですが、その方たちが先に滝に打たれている姿を見てとても気合が入りました。前の方たちが終わり、交代する時に「頑張ってください」と言われたのがとても心に染み渡り、会社の仲間全員で、期待以上のものを返せるように一丸となって臨みました。女、男、女の順で打たれましたが、スタートの人が肝心ということで、誰が行く?となった中で、ひとりの仲間が素早く手を挙げて、良いスタートを切り出せました。仲間ががんばっている間も、御宝号の南無大師遍照金剛を唱える他、良いペース!もっといけるんじゃないの!などモチベーションの上がる言葉をずっと投げかけており、チーム内の絆を改めて感じることができました。また、私の時もそれは変わらず、滝に打たれている中で、御宝号を唱えると必ずみんなが返してくれるという安心感で、恐怖や緊張に打ち勝つことができました。滝から出てきて目を開けた時の、東京都は思えない緑の多さと綺麗な空気にとても感動しました。また、一日目にやるはずだったお百度参りが悪天候のため少ししかできなかったのは残念ですが、作法や目的を詳しく知ることができたので良い経験でした。
二日目は三禮です。「おん、さらば、たたぎゃた、はなまんな、のうきゃろみ」と唱えながら立って座ってを繰り返すのですが、一言で言って、本当に死ぬんじゃないかと思いました。昨日の滝行に行くまでの山登りで使わない筋肉を酷使したせいで筋肉痛になり、それを追うように三禮が始まったため、後半はほとんど意識がありませんでした。声出しに集中すれば、動作を忘れ、動作に集中すれば声出しを忘れさんざんでした。何とか三禮が終わり息も絶え絶えになっている時先生がいらっしゃって一言「おつかれさん」を言われた時、一気に身体の緊張がほぐれました。三禮のあとに食べたご飯は、格別においしかったです。特に厚揚げが最高でした。その日の夜、会社で出された課題である、成功の誓いの詞の計測だったので、何度も何度も挑戦し続けました。最初は個人プレーだったのですが、チームプレーとなり、私とKさんとMさんの三人でひたすら練習しました。私は原稿は1時間ほどで覚えられたものの、タイムが縮まらずそのへんを二人にうまくカバーしてもらいながらしゃべり続けました。そして、チーム内のみんなが思っていたことが、絶対に相手チームより先に終わることでした。やはり、仲間ではありますがライバルでもあるので、その点に関しては3人とも頭において練習していました。そして、本番。何十回もの失敗を繰り返した結果、全員ノーミスそしてタイムは26秒でした。タイムを伝えられた瞬間、仲間たちとハイタッチしたのがとても印象に残っています。絶対にやってやると誓ったことが達成できたときの喜びは今でも忘れられません。そしてあとはもう1チーム。クリアしたら私たちが先生となり、同じ章を担当する人にアドバイスと計測をしてあげました。しかし、なかなかうまくいうことができず、ラスト2回のところまできてしまいました。2回目の挑戦。入りもばっちりで、原稿どおり読めたと誰もが思ったなか、記録はなんと29.14秒。そこにいた全員が惜しい!と布団に倒れこみました。しかし、失敗は失敗。良いペースできているのも事実なので、泣いても笑ってもあと1回。全員が見守る中、好ペースで進み1度も止まることなく終わりました。一瞬、静かになり、全員が見つめる中、伝えられたタイムは28秒。全員大盛り上がりで終了することができました。やはり成功するなら全員で、その日の夜はとても気持ちよく眠ることができました。
そして最終日。朝目覚めた時、今日で最後なんだと思うとあっという間だと感じました。初日では数分で無理だった正座も、最終日には30分耐えられるようになったのがとても成長を感じました。朝の掃除も慣れたもので、講堂を掃除するのに時間がかかりすぎて、手伝ってもらわないとできなかったことも今では1人で終わらせることができ、他の人の手伝いに行けるようにまでなれました。それだけここになじめていたんだと思うと、少しだけ寂しく感じます。この2泊3日の合宿で、自分の限界を知れたこと、仏教についての知識を得たこと、そしてなにより仲間との絆を再確認することができました。この気持ちを忘れずに次の合宿に臨んでいきます。楽しかったです!
4泊5日の天光寺合宿の感想は、ひとことで言うととてもきつかったです。初日に天光寺に着き、荷物をほとんど使えないと聞いた時は、自ぜ円に聞いていた話と違うし、5日間やっていけるか純粋に不安でした。最初に般若心経を2時間取り組みましたが、初めての経験だったので辛く感じながらも、新しい感覚でいました。お昼ご飯の後、南無大師遍照金剛を1500回いう時間があり、夜ごはんの後、写経で般若心経を文字で全て書き写して初日が終わりました。初めて体験することばかりだったので、きつかったです。
2日目は、朝の掃除の後、十三仏真言を1時間半取り組み、一般のお客様に交じってお百度参りと滝行をやりました。こちらも初めての体験で、そういう流れで滝行を行うのかということが知れてよかったと思います。南無大師遍照金剛と南無山王大師、南無竜王大師にあいさつを行い、滝行を行ったのですが、想像していたものよりも滝の勢いや水の冷たさが上回っていて驚きました。実際に滝に打たれている時は、何も考えることができず、ただひたすら南無大師遍照金剛をさけぶことしかできませんでした。時間の感覚がよくわからなくなっていましたが、とても大変な行だったと思います。
その後は、1時間ほど瞑想を行い、夜ご飯の後、仏様を写す写仏に取り組みました。2日目は滝行のインパクトが大きく、それが印象に残っています。
3日目は、朝の掃除の後、行着たたみをして、瞑想を行いました。このころから、瞑想で鼻から吸って口から出す流れであったり、声を出す際の大きさや長さが伸びてきたような感じがします。その後、十三仏真言を唱え、お昼ご飯の後、お百度参りと川行に取り組みました。前日の滝行の際は、一般のお客様がいたということもあり、お百度参りは軽めになっていたのですが、今回は、他に人はおらず、お百度参りは通常の108回往復で行いました。石の上を裸足で走っていたのですが、途中で足の裏の皮がむけてしまうアクシデントがあり、とてもつらかったのですが、無地やりきることができました。
川の水も冷たかったのですが、天気が良かったこともあり、そこまで辛く感じることなく終えることができましたが、天気や時期が違えば、とんでもなく激しいものになっていたと考えると、この日にできて良かったと思いました。
その後十三仏真言をを2時間取り組み、三禮をやりました。三禮は、特定の動作を324回おこなうというもので、座った状態から立って座るという動作になっていました。お百度参りの際などに少しやっていたのですが、324回ぶっ通しでやると、体が崩れ落ちて足が動かなくなるくらいきつかったです。最後に写経で、般若心経ををおこなって終了しました。
振り返ると3日目が一番辛かったです。
4日目は、朝の掃除をして、瞑想、行着たたみをおこない、十三仏真言に取り組みました。お昼ご飯の後、お百度参りと滝行をおこなったのですが、自分は前日のお百度参りで足の皮がむけてほとんど走れない状態だったので、見学という形で参加しました。この日は、少し雨がふっていて、とても寒かったのですが、4人とも無事滝行を終えることができていて、安心とともに、しっかりやり切る力があってすごいなと尊敬、感心しました。その後は、般若心経と写仏をおこない、4日目が終了しました。この日は、4人のガッツを見て参考にしようと思う日でした。
そして、最後の5日目、朝の掃除をおこない、瞑想、十三仏真言、光明真言、般若心経に取り組み、先生のお話を聞いて終了しました。先生のお話で、悪いことを考えるとどんどん悪くなっていくという主旨の話があり、確かにそうだなと思いました。ネガティブに考えるよりもポジティブに前向きに考えて生きていきたいと思いました。5日間、天光寺の合宿をおこなったのですが、あいさつはしっかりと積極的に動いてできる人間だとアピールをすること、チャンスをつかみ取ることが大切だと感じました。最後に、諦めないで取り組む意思や姿勢が今後の仕事で役に立つと信じて生きていきたいです。
初めに会社から来る1週間前に天光寺で4泊5日企業研修をやると言われ、とまどいと家に帰れないことにすごく気分が落ち込みました。それと同時に、4日から同じ会社に同期として入った4人と泊ることで、より仲を深められるかもと楽しみでもありました。会社からは、近くに銭湯があるとか、夜はわりと自由など、着いてから逆のことを言われていたので、2日間はとまどいが大きかったです。1日目は、申込書を記入し、貴重品をあずけました。ここで携帯が一切使えないと知り、すごく不便でした。そのあと、あいさつの作法をひととおり教えてもらい、その後練習をしました。
かなりねむくなり、立ちながらおじぎをする時に、そのまま倒れそうになりました。その後、昼食を食べたのですが、当の食事は、かなり質素で、葉っぱばかりだと思っていたのですが、意外とおいしく食べれるものもあり、一番の心配だった食事が安心になりました。企業研修はけっこうハードで、1日目から般若心境を2時間ぶっ通しで、約55回唱え続けたあと、御宝号の南無大師遍照金剛を500回3回1セットなので、合計1500回唱えるということをしました。かなりのどがしんどかったのを覚えています。その後、夕食を食べ、最後1日の締めくくりに写経をしました。般若心境をしたのですが、普段習字などやらず、中学以来触ってなかったので、書くのが大変でした。夜は、10時に就寝というのも、普段と違うのでなかなか寝付けずつらかったです。ふとんも固いので、夜何度も起きてよく眠れませんでした。
2日目、朝6時起床で、みんなで掃除から始まりました。掃除が終わり、朝ご飯を食べると、瞑想と声出しを2時間します。これは、1日目以外やっていたのですが、いろんな修行の中でやるのが好きでした。その後、十三仏真言をし、昼ご飯を食べ、いよいよ恐れていたお百度参りと滝行に行きました。この日は、一般で来た人達とみんなでお百度参りと滝行をしにいきました。お百度参りははだしで走るので足が痛かったです。でも、この日は、一般の人がいたので108回はせず、滝行に向かいました。人生で初めての滝行、最初はかなり余裕ぶっていましたが、実際入ってみると、かなり滝の勢いが強く、水も冷たいので、南無大師遍照金剛を言うのがつらかったです。
帰ってきたら、夕ご飯まで、光明真言を唱えました。滝行に行ったあとなので、かなり眠くなりましたががんばりました。夕ご飯を食べた後、写仏をしました。私は大日如来を書きました。かなり細かい線が多く、大変でしたが、うまく書けました。写経はあんまりだけど、写仏はちょっと楽しかったです。3日目は、この5日間で一番辛かったです。2日目と同じように朝掃除をし、ご飯を食べ、瞑想、十三真言を唱えました。川行に行くため、108回お百度参りをし滝行に参加しました。3日目は、これで終わらず、三禮というものをしました。これが今回の企業研修で一眼辛かったです。普段運動をしていなかったので、全身筋肉痛になり、その後の4日目、5日目がかなりしんどくなりました。その後、夕食を食べました。般若心境を写経しました。
4日目は、2日目とまるまる同じ動きだったのですが、雨が少し降っていたので、2日目の時よりも過酷さが増していました。途中何度もあきらめようと思ったのですが、なんとかやり遂げました
5日目は、掃除、ごはん、瞑想という流れで、最終日なので十三仏真言30分、光明真言30分、般若心境1時間のフルコースをしました。5日間唱えてきたので、ある程度覚えられました。最後に先生からのありがたい法話、人は何のために生まれてきたのか、舞台と役者について、先生がどう成功したのか、幸せになるためにどうしたら、どのように生きたらよいか、これからの人生について考えさせられる話をしてもらえてよかったです。
今回の企業研修で、あいさつの大事さや物事に対しての向き合い方、仕事に関しても友人の大事さを学びました。
あと、かなり精神的にきたえられました。これから、仕事や人生で、辛いことがあっても乗り越えられる気がします。この5日間で、同期との仲が深まったことがなにより良かったと思います。5日間ありがとうございました。
先生の話を受け、何よりも人脈の重要性を実感しました。現代社会において、人の幸せの形は様々ありますが、自分にとっての幸せ、すなわち、自分にとっての「なぜ生きるのか」の答えにお金が関わるのであれば、事業の成功や会社での出世は必要だと思います。その事業や会社というものは人と人のつながりという社会の中に存在すること、人と人のつながりというのは、人が、人を互いに評価することでもあると理解しました。つまり、深いお辞儀や、気持ちのよいあいさつというものは、直接的に自分の人生の形成に結び付くと理解しました。幸せになりために、他社からの評価を上げる努力を惜しまないようにしようと思います。
この五日間、直接支えあうといった面でも、人とのつながりの大切さを実感しました。朝の瞑想の声出し、お経の読み上げ、行の際のご宝号等、どれも他者と声が共鳴することで、より声をだしやすくなったのを覚えています。滝行や川行は、自分との戦いの修行ではありますが、やはり近くの仲間の声が聞こえたのは心強い心の支えになりました。
最もつらかったのは、三禮でした。肉体的なダメージが高く、段々と足に力が入らなくなり、気をぬくと立てなくなりそうでした。しかしながら、周囲の仲間が続けていたこと、三日目ということもあり、「ここまで来て、負けてたまるか」という気持ちが沸き立ったことで乗り切ることができました。終わったあとは、歩くのも大変だったことを覚えています。間違いなく、一人だったら途中で心が折れていました。
こうした経験は大変よいものだったと思います。これからの人生において、おそらく二度と滝行や川行とお百度参りもすることはないでしょう。滝行も川行もどちらも辛かったですが、共通するのは、最初が一番つらいということでした。共に気合を入れ、最初を乗り越える事、最初の辛い時にすぐあきらめてしまわないこと、これらの教訓を得られたのではないかと思います。世間では、「とにかく三年は続けろ」と仕事についてよく言われますが、私も仕事で辛いことがあった時は、三禮の辛さや、滝行や川行から得た、最初の辛さを乗り越える教訓を思い出して、仕事を続けようと思います。
そうした中で、強くそのありがたみや日常に根付いていたのだと感じたのはスマートフォンでした。スマホを断ったことで、人との繋がりが断たれたのが非常に辛かったです。日常的に行っている友人や大切な人との連絡というものが、どれだけ自分の支えになっていたかを実感しました。幸せになるために必要な人と人のつながり。それを現代で支えているのがインターネットなんだと再認識し、その基盤となる電気工事士という自分の職業に対しても、改めてその価値を見出すきっかけとなりました。
連絡が断たれたことが辛く思える大切な人というのは、お百度参りや写経等、だれかを思うとき、やはり支えになってくれました。「あの人のためならがんばろう」と思える人を増やす、これも努力のコツ、すなわち幸せになることのコツであると考えると、やはり幸せになるというのはすべて、人と人とのつながり方に帰結するのだなと思いました。
この五日間、大変だことばかりで、楽しいことはなかったとまで言えるかもしれません。しかしながら、これから先の人生で起こる苦難をこえるために力や、生きる上で何が重要かということを学べたと思います。天光寺のみなさまと、企業研修という形でこうした機会を与えてくださった自分の会社には感謝いたします。ありがとうございました。
私は、今の職場で働いてまだ2ヶ月しかたってなく、働き始めた時は不安でいっぱいで、今も私は、上司の人たちのように今後働いていけるかと思うとまだ少し不安です。けれどそう思っていた時に、お寺の研修に行くと聞かされて、「会社でこんなことするんだ」という気持ちもありましたが、お寺の研修で今の不安ばっかりの私を変えられるんじゃないかと思い、楽しみになってきて、初めてお寺に行くということもあり、どんなことを学んで、どんなことをするのかと思うとさらに楽しみになってきました。
天光寺に来て説明を受ける時は、正座で慣れていない私は、とても足首、腰が痛く大変でした。挨拶の作法や合掌の仕方はやっぱしお寺なのでしっかりしてるんだと思いました。その後には、南無大師遍照金剛、光明真言、般若心経を読み、漢字にはふりがながふってあったが、イントネーションが違うのもあり、見て読む事すらも難しいと感じました。三禮をやったのですが、3回で1セットで、2回目までは手を下げた時に返すんですが、3回目で手を握り、合掌するという事や、三禮していることも難しく覚えるのに大変でした。
昼食は野菜が多めでとても健康的でした。私は冷凍食品やインスタントの食品ですませてしまうことが多い。こういう昼食も良い経験だと思いました。
昼食が終わって準備、説明を受けお百度参りと川行を行いました。お百度参りは、コンクリートの上を素足で走ったので、足の裏の皮がめくれてしまってとても痛かったです。けれどお百度参りをしたので、南無大師遍照金剛と言えるようになっていたので良かったです。その後には、川行をしました。川行を行う前にお祓いと顔3回、胸3回、両肩3回川の水をかけて最後に桶に川の水を入れ頭からかけたのですが、とても冷たく入れるかと不安になりましたが、いざ川に入って時間がたつと、だんだんと冷たさにも慣れて、「出ていいよ」って言われるまで我慢してやろうと思い、最後まで我慢することができました。
川行が終わると、般若心経を50回読みました。まだ見なくちゃ言えませんが、ある程度イントネーションや次はこの言葉がくるということが分かってきました。50回はつらかったですが、良い経験ができました。
三禮を3回1セット108セットをやりましたが、本当に辛かったです。60回くらいの時に、三禮のやり方を間違えていて、もう一回しっかりと教えていただき最初からやることになりました。途中何度も足がガクガクになり、倒れてしまいましたが、最後までやりとげることができました。
その後に晩飯を食べたのですが、家では食べないような物がでてきて天光寺でいただいた料理を少しは取り入れて家でも似たような健康的な料理をできるようになろうと思いました。
法話を聞いて、何事もがんばるということ、お客様に対しての挨拶、空海様、仏教の歴史、伝わってきた経路を聞きました。けれど、これよりも印象に残ったものは、積極的なことを言えば、運や人生がガラリと変わるという言葉がとても良い言葉だと思いました。私はとても自信がなく、いつもマイナスになるようなことを思ってしまっていたので、これからは法話で聞いた言葉を信じ、プラスの事を言ってどんどん仕事で良い結果を出せる人になろうと思いました。
二日目の朝は、スムーズに起きることができて、遅れずに朝礼に間に合うことができました。朝から清掃をして広かったが、三人で協力できたので大変ではありませんでした。声出しの後に瞑想をしましたが、二つとも正座ではできず、あぐらをかいていました。けれど声出しは、大きな声を出せて瞑想では、少し考え事をしてしまいましたが心を無にできる方が長くできました。とても集中してできたと思いました。十三仏真言を読んだんですが、またまた難しく覚えるのが大変でした。けれど覚えようとするには集中力が必要なので、瞑想声出し十三仏真言を言うことにより、集中力が少しは上がったと思いました。
滝行とお百度参りでは、お百度参りは一日目にもやったのですが足裏がとても痛く、最初は全力で走れていたのですが、徐々に遅くなってしまったが一日目よりは大きな声を出すことができました。滝行では、滝まで行く道のりが長く、その痛みに耐え、滝まで行きました。初めてする滝行なので川行のようにできる限り入っててやろうと思いました。私の番が来て、川行よりも水が冷たく感じて最後までやれるかと不安でしたが、法話で聞いたことで我慢は大切ということを思い出し、無事5分位滝の中に入っていることができました。とても冷たく肩をたたかれている感じでした。辛かったですが、滝行を乗り切れたので、私は少しは我慢をする面で成長できたんではないかと感じました。
私は、天光寺を二泊三日してたくさんの事を学べました。大きな声を出す、集中力が来る前よりは上がったり積極的な考えができるようになったり、我慢ができる精神力が鍛えられました。私はこの天光寺の研修で色々な人と修行や行を取り組むことで苦手だった人とコミュニケーションをとるということもできるようになり、自分に自信がつくことができました。私は、今年から社会人となって色々と不安なことはありましたが、天光寺では社会に出てから使うとても重要なことをいくつも教えてもらいました。
この二泊三日は、とても良い経験ができたと思っています。本当にありがとうございました。
今回、天光寺さんの行を通して自分自身の気持ちを引き締めることができました。
又、今後職場に戻って何かしんどい事や、辛い事があったとしても、滝行というキツイ思いをしたので乗り越えられるという意志も持てると思います。
家に帰ってからも今回教えてもらった瞑想や声出しを一日一日続けていき、少しでも自分の精神状態を落ち着かせられるようにしていきたいと思います。
2日間の研修を通して、当たり前にあるようなことへの感謝の気持ちと歴史を知ることの大切さを改めて考えることができました。
挨拶や食事の際の「いただきます」「ごちそうさまでした」何かを教えていただく際の「よろしくお願いします」など真心を込めて行うだけで自分の呼吸する濃いさが違ってくることを知りました。
また、歴史を知って新しきを知ることの大切さを感じることができました。
今回体験できたことを社会人生活の中でもしっかりと活かしていきたいと思います。
ありがとうございました。
今回、私は、天光寺で二泊三日の新人研修を行わせていただきました。研修を行うにあたり、自分が決めていた目標は何事にも全力で取り組む力をつけるということを目標としていました。
初日の研修は、自己紹介の練習から始まりました。自己紹介にもやり方があり、厳しく指導されました。そして、昼食をいただいたあと、お百度参りと滝行を行いました。お百度参りでは、像の前にある約20mほどのお百度石を「御宝号」を大きな声で唱えながら往復しました。その後、車で山に向かい、小天狗の滝へ移動し滝行を行いました。滝の水はとても冷たく、水の中に入ると体が凍りそうなほどでした。そして、滝行を終えて、天光寺に戻り、般若心経というお経を連続で50回唱える修行を行いました。般若心経は266文字のお経なので、あまり長くはないのですが、そこまで連続でお経を聞いた経験がないので、とても長い時間に感じました。そして、夕食をいただいた後、写経を行いました。写経は筆を使い、和紙に般若心経の文字を全て書き写すという修行でした。始めは筆の扱いに苦しんでいましたが、だんだんと使えるようになっていきました。写経を終えたころには21時を過ぎていました。天光寺の消灯時間は22時となっており、急いで就寝の挨拶を行いました。その後、シャワーを浴び、着替え、布団を敷き、一日目の研修が終了しました。
二日目は、朝6時に起床し、布団の片付け、洗顔などをすまし、朝の挨拶を行い、二日目がスタートしました。朝食の前に天光寺の中の掃除を行いました。部屋の雑巾がけや拭き掃除などを徹底的に行いました。その後、朝食をいただき、すぐに修行に入りました。まず、声出しの修行を行いました。腹式呼吸を利用して、発声練習を行い、その後続けて瞑想をしました。瞑想は、静かな音楽を流しながら「反省、懺悔、感謝」をテーマに行いました。その後も続けて、「十三仏真言」と呼ばれる真言を唱える練習を行いました。十三の仏像にそれぞれお経が書かれており、それを同じペースで繰り返し読む練習を行っていました。その後、昼食をいただき、昼からは、天光寺の外の掃除を行いました。入り口へつながる階段や、お百度参り使ったお百度石を水で流しながらブラシでこすって掃除していました。その後天光寺の内に戻り、三禮と呼ばれる正座から立ち座りを繰り返す挨拶を行いました。この修行が特に厳しく、例えるならスクワットを正座の状態から始めるようなもので、とても足に厳しい修行でした。三禮は、300回行いました。ですが、途中厳しくなり、何回かダウンしてしまったので行った回数は250回ほどでした。この修行では立ちから座りになるとき、右ヒザをカーペットに思い切りつけるため、右ヒザの皮がむけてとても痛かったです。その後は三禮を行った部屋で光明真言を1000回唱える修行を行いました。この修行は、座って正座かあぐらで行うのですが、三禮を行った後に光明真言を1000回唱える練習は、とても心が折れそうになりました。ですが、なんとか乗り越えて1000回唱えることができました。その後は夕食をいただき、写仏という修行を行いました。写仏とは、仏様の絵を筆を使って写すことです。仏様の絵は大分細かい描写されており、筆を使って写すことがとても難しかったです。特に顔の部分が細かく、絵があまり得意ではないので、少し雑な仕上がりになってしまいました。その後は、就寝の挨拶を行い、二日目を終えました。
三日目は、朝から二日目とほとんど同じことを行いました。掃除から始まり、声出しや瞑想十三仏真言を唱える練習など、2回目となると、十三仏真言も何も見なくても言えるほど脳に記憶されていました。その後は、昼食をいただき、天光寺の住職の方から、挨拶のやり方を教わりました。大きな声で丁寧にあいさつする練習を繰り返し行いました。そして、住職から法話も聞かせていただきました。今、自分達は積極的に生きているかなどを改めて考えさせられました。そして、ネガティブな発言は、自身に影響してしまう、なのでポジティブな発言をしていくように心がけることを学びました。
天光寺での二泊三日の研修を終えて、当初目標としていた何事にも全力で取り組む力をつけるというのは少しは達成できたと思います。天光寺での修行は、今までの生活からガラリと変わった生活でした。自分はスマートフォンを良く使っていたのですが、今回の研修ではスマートフォンを全く使えない生活をすることになり、耐えられるのかとても不安でした。ですが、手元から話してみると意外と耐えられたもので、自分でも驚きました。他にも、普段よりも座っている時間が異常に長い、下半身をとても動かすなどにより、とても体中が痛くなりました。寝てもあまり疲れが取れないなど、様々な苦行がありました。ですが、私は今回の研修を通して、積極的に生きる心、生きる意味、発言の影響などを改めて見直す機会となりました。そして、気持ちのいいお辞儀やあいさつは、相手をどんな気持ちにさせるのか、若いうちは色々なことに挑戦するべきなど社会人としての心持ちも改めて学ばせていただきました。今回の研修で、私は社会人としても心持ち、物事に全力で取り組む力をつけることができました。「天光寺合宿での感想」
私は天光寺での様々な修行を通して、様々な「自分」と向き合うことができました。例えば、毎朝30分近くある「瞑想」、「声だし」の時間にはあぐらをかきながら、自身の呼吸に集中し過去を思い返すことで自分の中にある「今までの後悔」や「過去の嫌な経験」等からできた「ネガティブな自分」と向き合い、吐き出すことができました。普段は忙しいからと見て見ぬふりをしてきた負の感情を吐き出すことで「今日も一日頑張るぞ。」と明るい気持ちで一日を過ごせるようになりました。それは読経をする時に誰よりも大きな声を出す、お百度参りで誰よりも素早く動く、滝行の順番決めで一番目を勧められてた時に「やります!」と言えたことなど行動にも現れました。
また「自分の良い部分」も見つけることができました。それは「負けず嫌い」な所です。今まで生きてきて自覚するタイミングはありましたが、(自分、やればできるじゃん。)と自画自賛してしまったのが、「三禮百回チャレンジ」の時です。正座して立ち上がり、また座りとお経を唱えながら同じ動作を繰り返す、これがとても辛く一番きついと感じた修行でした。しかし、「苦しい」、「早く終わってほしい」と考えながらも、体がふらふらになっても動くのをやめませんでした。なぜなら、他の先輩方がまだ止まっていない、自分も辛いはずなのに「みんな頑張れ。」と応援してくださっている、何より途中で諦めたくないという自分自身の負けず嫌いさがそうさせてくれました。
この合宿で初めて体験したことが沢山ありました。中には辛いこともありましたが、今全てが終わってみて感じることは「とても楽しかった。」、「自分頑張れた。」という嬉しさと達成感です。先生のお話はとても興味深いものでした。お料理も美味しかった。やることなすこと全てが新鮮でとても学びのある3日間でした。
最後になりますが、天光寺の皆さまには沢山お世話になりました。辛い修行中に安心して自分と向き合うことができたのは、皆様のサポートがあってこそです。私たちが宿泊するための準備やお食事、教材の準備など様々な面で助けていただきました。皆さま本当にありがとうございました。短い間でしたが、皆さまと共に時間を過ごせてとても楽しかったです。この合宿で学んだ「自分と如実に向き合うこと」を大切に、仕事でも積極的に頑張ります。
この度、この天光寺において修行を行い、普段では無い様な体験をしました。
滝行において、自分の内にあった物により、意識をうしないかけ、その後の修行(当日分)を行うことが出来ませんでした。
皆が三禮を行っていた時には、すわることが出来たので声を出して皆がガンバっているすがたを見ることしか出来ませんでした。
その日は、皆とは別行動となり、また、皆様にごめいわく、ご心配をおかけしました。
また、その他の修行においては、大きな声での挨拶や お寺だけに瞑想やお経を読み
体験して良かったと思います。残念なことは写経が出来なかったことです。
最近、字を書くことが少なくなり、筆による字を書くこともなかったので、
ぜひ行ってみたかったです。何かの機会があれば、ぜひやってみたいと思います。
この2日間の天光寺の修行において、無意識に行えることが出来ることが大切であることを習んだ様に思います。
今、感じたことや、経験したことを 今からの人生に生かして生活していきたいと思いました。
また、感謝の心を忘れない様にもしていきたいと思います。
2日間と短い間での修行となりましたが、本当にありがとうございました。ご心配をおかけいたしました。
私の人生の中では天光寺のようなところに来たことがありませんでした。すべてのことが初めてであり、たくさんのことが学べました。なんでも携帯やパソコンに任せてきた人生でした。楽で生きてきた私は24時間もインターネットからはなれて、新しい生活をしてました。すべてインターネットから離れて、新しい生活をしていました。すべて、インターネットに頼ることが正しいわけではないと思いました。私が生まれたころから体が弱いので天光寺での滝行や三禮がするのが大変でした。皆最後までやり切った所がえて自分が出来なかったことに少し反省し、負けたことからも学べることがたくさんあるということが考え直しました。未来が失敗することもあるだろうが今まで頑張って経験したものを失敗しても向上にして失敗したところから学んでいく事が大事であると理解しました。天光寺での3日間でたくさんのことがみんなと仲間にしてしよくじしたり片付けしたり、三禮したり色々の活動することで積極的な作業を出来ました。天光寺の研修で学んだ事が人生が全て楽でありません。辛い事もあります。辛い事にも頑張って乗り越えればいいことがある。この辛さが社会にあって諦めずに頑張る。それこそ、幸せになれる。誓いの言葉が学ぶことと学んだ事を行動してみることができました。余計な力を入れずに何事に取り組んでいきたいです。努力と知恵を使うことが何の作業であっても必ず結果を出すことができる。できないというところもやればできる新たなことに挑戦できると言葉が心に残っています。
社会に出て学ぶべきことがたくさんでてきます。新たなことに挑戦しながら自分を幸福にしたい、自分の周り自分のチームや会社の皆を幸福にしたいそれで社会を幸福であるように努力をします。自分の中でなおしてみたいところがたくさん見つかりました。
人間は言葉を発する前に頭で考えて言葉に気を付けると自分の思考を浄化に繋がるとことが理解できました。人を傷つける言葉、勇気を失くす言葉や、人を悲しみの言葉を言わないようにすることが大事であることも学びました。
自分が変えるのは自分である。自分を変えるのに自分自身を愛して自分を知って理解し、判断して人とのかかわり方にも効率的に出来る。そして幸福になります。天光寺で学んだことの全てのことを今後とも活用しながら生きたいと思います。3日間ありがとうございました。
沢山の事が学べたことに感謝しています。
今回二泊三日のこの研修を受けてみて、自分の意識が少し変わったように感じます。研修が始まる前は、“普段できない事が体験できるし、大変だろうけど頑張ろう”くらいの気持ちでした。しかし、一日、二日と修行をしていく中で、何か一つ目標を決め、それを達成していく充実感と、仲間と協力し合い、時には応援し、されながら目的に向かうことの大切さを感じることができました。
一日目の修行では、お寺での生活で分からないことも多く、時間がかかってしまうことも多くありました。そのため注意を受けた場面もありましたが、仲間との協力で次回以降の対応の仕方や、対策、改善もすることができたように思います。修業中の、お経を唱えたり写経をしたりは今まであまりしたことがなかったので、良い体験ができました。正座はこれからもう少し慣れていきたいかなと思いました。
二日目、今回の修業のメインイベントでもある滝行、お百度参り、三禮はどれもわりとヘビーで正直とてもきつかったです。
特に滝行と三禮が大変でした。滝行は心の準備をして行ったつもりでしたが、想像を越えて水が冷たかったです。しかし、そんな中でも“南無大師遍照金剛”と唱えると返してくれる仲間の声はとても励みになりました。滝行を終えた後に“おつかれ様”と声をかけてくれた人もいてとても嬉しかったです。自分以外の人が滝行をしている時も真剣に応援をしている姿は良い仲間と研修に来れたなと感じさせてもらいました。
三禮は、一〇八回×三セット一人では絶対にできなかったと思います。最後の方は声を出すのもしんどいぐらいでした。そんな中、声を出して、“おん、さらば、たたぎゃた、はなまんな、のうきゃろみ”と唱え続けていた人や、途中で「頑張れ」とか「あと少し」と言った言葉をかけてくれた人もいて、とても力になりました。全員で協力し、目標を達成できて本当によかったです。
三日目の今日、最終日となり、お寺での生活にもみんな大分慣れ、食事の準備や片付け、掃除など協力し合いとてもスムーズに進むようになりました。今回住職のお話の中で人との関わりや人脈についてのお話がありましたが、この仲間とのつながりは大切にしていきたいなと思いました。
声に出して自分の耳に入れることで意識が変えられるということも今回実体験として感じることができました。
これからの社会人としての生活はこの三日間の体験を支えにして誓いの言葉を意識しながらすごしていきたいです。
三日間貴重な体験をさせて頂いてありがとうございました。
今回の研修を通して、「忍耐力」や「やり切る力」がついたと感じています。部活をやめてからは、そのような気持ちになることがありませんでしたが研修をしたことによって再度自分の中にめばえさせることができたのでよかったです。研修をする前は「キツイキツイ」と言うけれどそこまでじゃないと考えていましたが進んでいくにつれキツクなっていきなめていたと感じました。
一日目のお経をずっと唱えるのは、足が痛く立つたびにがくがくだったことを覚えています。お経を唱えていると法事などで聞くものに少し似ていると感じました。
写経はやったことがあり、わりと好きなので辛くなかったですが、ひさびさにやってみると難しかったです。
二日目での「お百度参り」は、体感では本来の数の半分くらいだったと感じました。なので、思っていた以上辛くはなかったです。お百度参りを考えひろめたような人は、今後でてこないような気がします。
「滝行」では水がつめたく三分つかることができなかったのが一つ心残りです。でも、水から出ると身体が軽くなった気がしたので滝行をした意味がありました。また、経験することが出来たのはこれからの力になると考えています。
そして、二日目で一番辛かったのが「三禮」でした。しゃがんで立つ動きがこんなにも体にふたんをかけていたと知りました。三回で一。
私は、数回休んでしまったけれど、一回も休まずやり切った同期の人はすごいと感じます。
「写仏」では、不動明王を写し、名前と内容を知り仏が多くいると改めて思いました。
三日目の住職の「法話」では、これからの社会人人生に役立つことが多くありました。
「人脈」やネガティブなことは言わず「ポジティブ」なことを言うなどこれからはマイナスなことは口に出さず生活していきます。
研修を通じて学んだことを今後につなげていきます。
私はお寺の研修を行く前からどういう雰囲気になるのかなと考えていました。私の国にもお寺での研修みたいなことはあって高校生が終わった時に一回入る経験があって日本のお寺の修行も出来ると思いました。天光寺について三日間頑張りますと決めました。人生には色々な事について悩みとか苦労とかあって私にもいつか絶対にある。こういうふうになった時に自分を変える為心を変える為行きました。
研修の中から目を閉じて息をする方法を最初は難しかった。頑張ってやってみると色々な事を考えないで息だけをすることが出来ました。その時自分の心も休みになった。漢字をしました。今からも仕事についても人生関係についても色々苦労したこととか辛いこととかあったらそういうふうにやって心をきれいにしてストレスを無くなるようにやりたいと思いました。二日目の三禮324回やるときにも最初は順々にできると回数は大きくなる時に体は痛くて動けないようになってしまったり座ったりすることも大変になりました。324回出来ましたが最後までやりたい気持ちがあって苦労したけど頑張ってやりました。
これからもどんな苦労することがあっても三禮をやるように諦めないで最後まで頑張っていきたいです。滝行するときも他の人がやっているのを見て私ができるか不安に感じました。寒くて自分には無理かなと思った。実際にやってみるときは出来るか出来ないかを考えないでやりますと決めていたので寒いけど滝行を出来ました。私は滝行じゃなくて他のことについてもまず考えたのは出来るか出来ないかでなかなか決められなかった。
いまから滝行を頑張った気持ちで自分の事とか分かりたいと感じました。お寺の三日間の研修で色々学ぶことが出来ました。ありがとうございました。
休日には神社・お寺巡りをし、御朱印を集めたり、パワースポットに行くのが好きな私は研修の内容に滝行があるのを知ってお寺での研修をとても楽しみにしていました。
しかし実際は体力的にも精神的にもとても辛い二泊三日でした。しかし沢山の学びがあり、自分を見つめ直す事が出来ました。「私は株式会社○○○から参りました〇○○です。出身は○○です。よろしくお願いします。」と普段ならサラっと済ませてしまう自己紹介も、こちらでは大きな声ではっきりと喋り、相手を思いやり一回の礼に時間をかけて頭を下げる事を教えて頂きました。
第一印象は出会って数秒で決まるといい、視覚が55%、聴覚が38%、言語が7%と言われていますが、こちらで教わった大きな声で挨拶をする。というのは聴覚38%に働きかけ働く上で自分を好印象に見せるためにはとても大切だと思いました。二日目は険しい山道を登りいよいよ楽しみにしていた滝行でした。先に滝に打たれている人を見ると思ったよりも苦しそうで少しひるみました。自分の番になり水を被った瞬間に想像以上の水の冷たさに体中の血が止まるような感覚になりすぐ出ようと思いましたが、何とかやり遂げる事ができました。
終わった後は、寒さや疲れが吹き飛んだかのようになんだか無性に清々しい気分になり、これが滝行か…。と少しハマりそうです。光明真言千回も、同じ言葉を2時間かけて千回唱える。途中で先生の数珠を何度も気にしながら『本当に終わるのか』と気が遠くなりました。でも仲間の声が聞こえみんな辛く苦しいなか、頑張っているのだと自分を奮い立たせました。時は経ち、どんな事も必ず終わりが来る。良い事も悪い事も、楽しい事も苦しい事も、必ず終わりはくるのだなと光明真言千回を終えた後はしみじみ感じました。
先生のお話にあったように常に積極的な心を持ち、現場に出ても失敗を恐れず行動し挑戦し続けていきたいと思います。そして自分の人生において「私が主人公だ!」と胸を張って言えるような人間になると決心しました。
私は正直、研修なんて余裕だと思っていました。
しかし今回、3日間の研修を受けさせていただき、自分の心の弱さや、日頃からどれだけ周りの人に支えられているのかというのが身に染みて分かりました。
まず初日にお寺に着いた時に、携帯を預けて、使えなくなり、いかに自分が日頃から携帯に依存していたかを実感しました。
そして、慣れない正座でお経を読み始めて、足も痛くなって、後半は声も出なくなってきて、早く終わらないかなと思っていました。
しかし周りで他のみんなが頑張っている中、自分だけ楽は出来ないと思い、最後までやりきる事が出来ました。
夜ご飯は、意外とおいしかったです。
二日目の朝は一日目の影響で朝から全く声が出ず、びっくりしました。
二日目から正座の影響で足腰が痛くとても歩くのに苦労したのを覚えています。
そして午前中にお百度参りは、割と気温が高く暖かかったので走りやすかったです。
そしてメインイベントの滝打ちは山登りでもう疲れました。
そしていざ、自分が打たれるととても寒く、三分なんて余裕と思ってましたが、予想以上に滝の勢いが強く、息がしづらく、とても大変で三分がとても長く感じました。
滝に打たれた後は、足に力が入らなくて歩くのも大変でした。
滝打ちが終わったあとの帰りの車の中は、みんな疲れていてとてもしゃべれる状態ではないため静かでした。
そのあとのお昼はとてもおいしかったです。
午後の三禮は前半は頑張ってついていっていたのですが、後半はひざに力が入らなくなり、少し休憩を入れてしまったのが残念です。
三禮が終わった後はみんなとりあえず疲れていて、もう一回滝に入りたいと言っていた人もいる程、汗だくでとても大変でした。
出来れば二度と三禮はしたくありません。
体も疲れ切って、のども痛くなって、その日のご飯はのどに通りませんでした。
そして三日目の最終日はもう体の限界で動くだけで体に痛みが走りました。
午前中のヨガは体が伸びて痛かったけど気持ち良かったです。
そして午後の法話は、いろいろ為になる話を聞かせていただき、とても有難かったです。
今までの自分は途中で諦めてしまうクセがあったのですがこの研修の滝打ちや三禮のおかげで、最後までやりとげられるような人間に変わることが出来たと思います。
そして私がこの3日間を乗り越えることが出来たのは、同期のみんなのおかげだと思うので、この感謝を忘れずに今後の研修や仕事を頑張っていければいいと思います。
このような貴重な経験をさせていただき本当にありがとうございました。
私は今回の研修を経て、日々の日常生活にある、今まで気付かなかった「ありがたいこと」に気づくことができました。
例えば食事です。
いつもと違った質素な味付けと決められた食材で作られた料理は、食べられない物も多く、ごはんとスープ以外は冷たく、初日は全くごはんを楽しむことができませんでした。
普段の料理の温かさ、お肉という生命をいただいているありがたみ、好きな食べ物を食べられる喜びに気づくことができました。
また、滝行では氷水のような冷たい水に三分間つかり、滝に打たれた結果、全身が冷えて上がった時は、太陽の光がとても温かく、自然の力強さとありがたみに気づくことができました。
こうした普段の生活においてあたりまえにあった「ありがたいこと」に気付けたことは、大きな収穫の一つだったと思います。
また今回はそうした「ありがたいこと」の他にも、仲間がいたことのありがたみも気付くことができました。
今回の研修は、私にとってかなりきつい体験でした。
初日は途中で何回か休憩をはさみつつ何度も同じお経を読み、二日目はお百度参りと滝行、三禮を行い、三日目は二日目の疲れが残る中ヨガを行い、説法を一時間半ほど座って拝聴しました。
どれも大変でしたが、周りの仲間三十名が同じ苦しい思いをしていると思えば私も頑張らないとと思えました。
全ての体験で仲間の大切さを感じることができましたが、より感じられた体験は滝行と三禮の時です。滝行では一人の人が入っている時、他の人は「南無大師返還金剛」を唱えて応援するのですが、私はあの声援が無ければ絶対に三分間も滝に打たれていられなかったと思います。呼吸がまともにできず、寒すぎて体の感覚が無くなっていくのですが、声だけははっきり聞こえました。
三分も絶対無理だと思っても無事成し遂げることができたのは仲間のおかげです。
また三禮では一〇八回立ったり座ったりをお経を唱えながらくり返したのですが、単純に体力が無くてつらかったです。三セットの後から数が数えられなくなりました。
立つ時は足が重く座る時はひざが痛く途中で休もうと何度も思いましたが、つらくなると後ろからあいの手のような声が聞こえたり、「頑張れ」という声が聞こえたりと、その人もつらいはずなのに仲間を励まそうとする声が聞こえました。
その声を聞くと休むわけにはいかないと思え、また頑張る気力をもらうことができました。
他の仲間も休まず続けていたので、一体感のようなものが感じられたと思います。
こうしたつらい経験を共に乗り越えたことの他にも、共同生活で共に助け合ったこと、ちょっとした空き時間に話したことも、三日間で楽しかった思い出として残すことができ、ありがたいことだと思います。
今回の研修を経て、私はいろいろなことに感謝するようになりました。
研修では他にも他者を思いやる心、つらい経験を乗り越える力強さ、これからの人生をどのような心持ちで生きていくかなど、大切なことを多く学びましたが、私は全て感謝に帰結すると思いました。
私一人ではできないことが、他の人となら乗り越えることができ、他の命をもらって、他の人がやってくれているから私がそれを使えるということに感謝を忘れないこと。
今回の研修で学び、大切にしなければならないことだと思います。
これから私は社会人となり、仕事を覚え、大変な経験も多くすると思います。
私はここで学んだことを忘れず、つらくなったら思いかえし、私を助けてくださる周りの方々や環境に感謝を忘れず励んでいけたらと思います。
今回の研修を通して、「忍耐力」や「やり切る力」がついたと感じています。部活をやめてからは、そのような気持ちになることがありませんでしたが研修をしたことによって再度自分の中にめばえさせることができたのでよかったです。研修をする前は「キツイキツイ」と言うけれどそこまでじゃないと考えていましたが進んでいくにつれキツクなっていきなめていたと感じました。
一日目のお経をずっと唱えるのは、足が痛く立つたびにがくがくだったことを覚えています。お経を唱えていると法事などで聞くものに少し似ていると感じました。
写経はやったことがあり、わりと好きなので辛くなかったですが、ひさびさにやってみると難しかったです。
二日目での「お百度参り」は、体感では本来の数の半分くらいだったと感じました。なので、思っていた以上辛くはなかったです。お百度参りを考えひろめたような人は、今後でてこないような気がします。
「滝行」では水がつめたく三分つかることができなかったのが一つ心残りです。でも、水から出ると身体が軽くなった気がしたので滝行をした意味がありました。また、経験することが出来たのはこれからの力になると考えています。
そして、二日目で一番辛かったのが「三禮」でした。しゃがんで立つ動きがこんなにも体にふたんをかけていたと知りました。三回で一。
私は、数回休んでしまったけれど、一回も休まずやり切った同期の人はすごいと感じます。
「写仏」では、不動明王を写し、名前と内容を知り仏が多くいると改めて思いました。
三日目の住職の「法話」では、これからの社会人人生に役立つことが多くありました。
「人脈」やネガティブなことは言わず「ポジティブ」なことを言うなどこれからはマイナスなことは口に出さず生活していきます。
研修を通じて学んだことを今後につなげていきます。
この研修を受けて、自分はあまり我慢強さや忍耐力がなかったけど、お百度参りや滝行もちゃんと最後までやり切ることが出来たのでよかったと思いました。滝行は一人でいったらきっとできなかったけど、他の人が一緒に唱えてくれたり、前の人が頑張っているのを見ることで、自分も頑張ろうと思えたので、応援や集団行動ってとても大切だなぁと思いました。予想していたよりずっと冷たい水で本当に何度も何度も途中でリタイアしようかと思ったけどやり切った今は、最後までこらえてよかったなぁと思っています。またとない良い経験でした。三禮も本当に本当につらかったです。今が何度目かも残り何回かも分からないでするのは終わりの見えない地獄だと思いました。何度も座りこみそうになりましたが、皆が止まらず動き続けていたり、止まってしまってもまたすぐやり始める姿に、負けていられないなぁと思うことができました。同じ左足で立ち上がり続けるのはなかなかこたえたし、最後はくずれおちるようになったりして本当にしんどかったな、よく頑張ったなぁと思います。ご飯もいつも自分が食べたいと思って食べるようにはいかず、苦手な野菜ばかりだったのでちょっと困りました。早くお肉魚や甘いものが食べたいなぁと思います。きっといつも以上においしいと思えると思います。楽しみです。でも白ご飯がすごくおいしく感じました。きっと沢山動いて頑張った後だからだと思います。いつもより何倍も丁寧に挨拶をした3日間でした。普段何気なく使っている「いただきます」や「おはようございます」などには沢山の意味や思いが省略して込められているんだなぁと思いました。もっとしみじみと感じて言わないといけないなぁと思いました。自分は正座をするのが、どちらかというと好きだと思っていましたが、そうでもありませんでした。ふくらはぎも太もももパンパンで痛くてたまりません。あぐらのしすぎで股関節もだめです。しばらくはしたくないと思います。最後に一番自分が変わったなぁと思ったのは、声出しでした。普段から声が小さくてあまり大きな声が出せないですが、声出しをして、ああ自分はこんなに声がでるんだなぁと思ってびっくりしました。言いまくって口で覚えたお経も何かあったときに使おうと思いました。あと二日目に書いた写仏もキレイに折っておまもりか何かにしようかなと思います。時間をかけて集中して描いたので効き目があればいいなぁと思います。朝起きる時間が5時代なうえにアラームがないのはすごい怖かったです。でも他の早起きな方が起こしてくれたので何とかなりました。よかったです。三日間短いけどとっても濃い経験をさせていただいたと思います。本当にお世話になりました。ありがとうございました。
三日間とても有意義な時間をすごさせて頂き感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございます。
半年前、新人研修でお寺に修業に行くと聞いたとき、正直「行きたくないなぁ」と感じましたし、学校の友人たちにも馬鹿にされました。
しかし、今から三カ月ほど前、卒業制作の途中、私は自分のやらなければならないことを投げだし、楽なほうへ転がってしまい、そんな自分のことが嫌になってしまいました。
今回の研修では少しでもそんな自分を変えようと思いのぞみました。
天光寺での修業は全てが自分の想像以上でした。いつ終わるか分からず永遠のように時間が流れる中で読むお経。肉の無い質素なご飯。極寒の中で打たれる滝行、
運動不足の身体にムチを打つお百度参り、三禮。
スマートフォンのない生活、どれも過酷で二泊三日何度も投げだしたくなりました。
しかし、どの行も最中に無心になっていく感覚が生まれていきました。
スマートフォンのない生活も新鮮で、外界との繋がりから解放され、スッキリした気分を味わうことが出来ました。
今回の研修を通して、やり抜くことの大切さや呼吸の扱い方を学び、以前の自分から少し変われたような気がします。
会社が自分たちを研修に行かせてよかったと思って頂けるからは、今後の自分たちを見て頂ければと思います。
また、この研修で一番嬉しかったことは、今後一緒に働いていく仲間と一体感を味わえたことです。この仲間たちと助け合いながら頑張っていきたいと思います。
私にとって、天光寺さんで過ごさせていただいた2泊3日は、今まで経験したことのないことばかりで、貴重でした。この寺に来るまでは、正直会社での研修がお寺だから仕方ない、可もなく不可もなく過ごしたいと思っていました。ですが寺に来る前の晩、寺でするであろう滝行や出てくるであろう精進料理を調べてみて、こういったことに私は耐えて無事3日を過ごすことができるのだろうかと憂うつになり、不安になりました。母や父にもつらいと思うけどがんばるんやでと言われてしまいました。なので、せっかくお寺に2泊3日で様々なことをやらせていただけるなら、全力でやり切って、清々しい気持ちで帰りのバスに乗りこみたいと思いました。また、同期のみんなとまだ会って日数が浅いので、もっと色んな人とコミュニケーションをとれたらいいなとも思いました。そして、いざ天光寺さんに到着すると、身の引きしまるような雰囲気で、2泊3日がんばって、自分なりにできるところまで全力でやり切ろうと改めて思いました。スマートフォンや、財布、煙草が没収され、南無大師遍照金剛同行2人と書かれた服を着ると、不安ながらも始まる3日間に緊張しました。
1日目は、住職に自己紹介をしたり、初めての精進料理をいただいたり、呼吸の方法、大きな声であいさつ、お経を読んだりして、長いと感じた1日でした。大きな声を普段あまり出さないので、自己紹介やあいさつの練習は緊張しました。また、お経を読むとき正座なので足がすぐに痛くなってしまいました。また、普段は偏食で野菜を食べないのですが、せっかくの精進料理だったので、お寺にいる間は野菜を残さず食べようと決めました。また、学生時代に書道を習っていたので、写経も何度かしたことがあったのですが、仏様の前の何とも言えないような静かな雰囲気でするのが初めてだったので、とても集中できました。
2日目は、私にとってはメインイベントの滝行、お百度参り、三禮をしました。お百度参りでは、普段運動しないので、他の人についていくので精いっぱいでした。終わったら体が温まって気持ちが良かったです。その後、滝行に行きました。滝に入るまでは、少なくとも1分くらいは入りたいと思っていました。ですが、南無大師遍照金剛と3回程唱えたくらいで滝を出てしまい、悔しかったです。同期のうち、3分滝に入れなかったのが4人だけだったので、もっと自分にも出来たんじゃないか、もう無理だと甘えてしまったのではないか、とても情けない気持ちになりました。他の人を応援しているときも、他の人は必死になってがんばっていて、私の寺に来る前に思っていた全力でやり切るという気持ちを滝行のときにあまりの冷たさに忘れていたんだろうと思いました。確かに、滝行が終わったら、スッキリしたような感覚になりましたが、悔しいという気持ちが残りました。
寺に戻って三禮をするとなったとき、今度こそ全力でやり切ろうと思いました。正直、三禮が一番精神、肉体共に厳しい行でした。途中、何度も、体を止めたいと思いました。何度か苦しさのあまり泣きそうになりました。ですが、同期からのがんばれという声が聞こえて、体を動か続けることができました。あそこで声が聞こえなかったら、体も止まってしまったかもしれないし、同期には感謝しかありません。三禮は、同期のおかげもあり、自分にとって全力を出しきれて、清々しい気持ちとともに、同期全員で何かを成し遂げることの達成感を味わうことができました。
3日目は、ヨガや住職の話を聞いたり、瞑想をして、気持ちを落ちつかせたりしました。特にヨガは、気持ちがよく、途中少し寝かけてしまいました。
この2泊3日の寺修行で色々な普段体験できないような経験をして、今後、つらいことがあっても、三禮よりはましだと思えば、がんばれると思います。私個人の目標も、滝行では悔しい思いをしましたが、三禮で取り返せたと思います。貴重な経験楽しかったです。ありがとうございました。
私は、昔からとても消極的な性格でした。
小学校の頃は、自分から何かをしようと思ったことは無く、人前で話すことが好きではありませんでした。
この性格を変えようと思ったのが、中学生の時です。
親の再婚で引越しをすることになり、中学校は知り合いが誰もいない状況で入学しました。
話しかけられるような性格ではなかったので、教室では一人で過ごすことが多く、
不登校にはなりませんでしたが、学校に行くのはあまり好きではなかったです。
しかし、高校に進学するにあたりまた新たな環境でも同じ状態にはなりたくはなかったので、もっと積極的に色々なことをやっていこうと思い始めました。
委員会に入ったり、合唱コンクールで指揮者に立候補したりと自分なりに変わっていこうと考えて実行しました。
今では、初めての人に話しかけに行くように努めたり、何か行事があれば積極的に参加するようになりました。
まだ、話の輪に入れなかったり、多人数でいることが苦手だったりしますが、
この先の自分の人生のためにも、何事にも向上心をもって積極的に取り組んでいこうと思います。
今回の寺研修については、まず1日目は正座するのが辛くて夜の写経に全く集中できなかったのが心に残っています。
最初に一人一人挨拶した時は、大きい声が出せるか正直不安でしたが、一人目の子から大きな声を出して言ってくれたので私も普段出さないような声を出すことができました。
正座してお経を唱える時は、声を出して読むことより床に正座をして長時間過ごすことがきつかったです。
夜の写経は中々難しく、足の痛さに気をとられて写経に集中できなかったのが悔しいです。
周りの皆が終わっていって少し焦ってしまい、最後のほうが適当になってしまったことは反省しています。周りは気にせず、もっと余裕をもって行動したいなと思いました。
2日目は運動する行が多く1日中緊張と不安でいっぱいでした。
最初は、お百度参りをしました。
コンクリートの上を裸足で走るのは大変でしたが、天気も良く朝だったので、私は気分がスッキリして良かったです。
次に滝行に行きましたが、私は生理だったため滝行は出来ませんでした。
他の子が滝に打たれるのを応援していました。
寒いし大変だった中、皆頑張っていて素敵でした。
また機会があれば私も滝行してみたいなと思いました。
お昼ご飯を挟んで午後は三禮を行いました。
会社の方や先輩から辛い辛いと聞いていましたが、想像以上に辛かったです。
これを千日間行った方々は本当にすごいなと思いました。
途中で休んでもいいと仰って頂きましたが、一緒にやっている皆が頑張って続けているのを見て、私も頑張ろうと思い最後までやりきれました。
本当に皆で一緒にやったから続けてできたと思います。
3日目の朝は、三禮による筋肉痛で全員ヨタヨタしながら歩いていました。
やっている最中は、正直もう辞めたいとか休みたいけど頑張ろうという気力だけでいたのでネガティブでしたが、終わってみると体験して良かったなと思えます。
恐らく一生忘れないと思います。
午前にやったヨガは筋肉痛の体にはこたえましたが、気持ち良く体をほぐせました。
最後は住職さんによる法話でした。
経験に基づく様々なためになる話を聞くことができました。
私が一番心に残った言葉が、誓いの言葉の中にある「自分の人生の主人公になれます。」です。
普段から周りの人のことを気にしすぎている面があるので、一番心にささりました。
もちろん自己中心的に生きろという訳ではないと思いますが、
もっと自分の心の中にある意志を尊重して生きていけたらなと思いました。
また、積極的になることは私にとって最も大事な課題なので、お話にあったようにこれからも、何事にも積極的に行動していきたいと思います。
今回は、新入社員として寺研修に来ましたが、とても良い経験になったと思います。
社会人として未熟な部分がまだまだたくさんありますが、会社がお金をかけてくれた分、それ以上を返せるように少しでも早く成長し、一人前になれるよう努力していきます。
また、今回一緒に研修した同期の皆とも仲良くなり、ライバルとして共に高め合って成長していけたらと思っています。
厳しいこともあるかと思いますが、頑張ります。
天光寺の皆様、3日間誠にありがとうございました。様々なことを学ぶことができて、良い経験になりました。
お世話になりました。
私はこの三日間で様々な事を発見、再認識をすることができたのではないかと思います。
半年前、入社前で先輩方に、寺の研修があると聞いたとき、正直驚きました。
寺で何をするのだと思いあっというまに時が過ぎ入社式を迎えました。
入社式で大方のスケジュールと内容を聞いたとき、大変そうと思う一方、普段なら経験できないことが経験できると思い、少し楽しみでもありました。
当日、寺に着くと紙を渡され自分の目標を書くことになりました。そこで自分自身を振り返り、社会人としての第一歩として気持ちを切り換えられるようになったらと思いました。
読経、お百度参り、滝行など肉体的、精神的にしんどい修行が多くみんな歯をくいしばりながらがんばっていました。
最もきついと思われたのが三禮でした。大声を出しながらの上下運動は全員を苦しめていたと思いました。しかし、辛くなってきてからこそ声を大きく出してお互いを鼓舞し合ってる姿がとくに分かった。終わったあとのみんなの顔を見るととても良い顔をしていました。
思えば滝行では上がった後、互いをたたえ合っていたり、手を貸していたり、お百度参りでは声を掛け合っていたりと助け合っていました。
この研修が始まる前と後では確実に団結力は高まっていると思いました。
また修行中の人達は毎日のようにこの生活をくり返していると思うと、自分も目的のために努力を怠らずに日々精進していかなければいけないのだと今一度再認識することができました。
私はこの研修で社会人になるための第一歩を踏みしめられたのではないかと思います。
私たちが行った滝行や三禮などの厳しい修行は決して普段の心持ちでは成し遂げられなかったろうと思います。仲間の応援や、職員さんを始め、天光寺の方々の支えがあって達成できたことだと思いますが、私は「絶対にやり切ろう」と自分の中で強い意志を持てたこともこの2泊3日無事に過ごせた大きな要因だと思っています。
私が絶対にやり切ろう思えたのは、同期の存在と社会人生活がこれから始まるという2つが理由だと思います。
自分の中で「同期に負けたくない、情けないと思われたくない」「これから始まる社会人生活の大事なスタート場面でくじけてはならない」などの強い意志が最後まで修行をやり遂げさせてくれました。
今回の修行が辛かったという訳ではありません。
ひどく苦しく、大変な状況でも自分の心持ちを強く持っていれば、きっと結果は良い方向へ向かっていく、という貴重な経験が出来て、本当にありがたかったです。
この経験はこれからきっと困難な時期を迎えるであろう未来の自分の、必ず心の支えになるものであると信じています。
住職のおっしゃっていた「消極的な言葉を使わない」「不平不満を言わない」という言葉とともに、将来辛い時・苦しい時があった際にこの研修のことを思い出したいと思います。
また、今回私が感じたのは、まだまだ自分が知らない世界、体験があるということです。
研修に来る前は、寺での修行、滝行などは、なんとなくは知っているものの、いまいち想像できないものでした。むしろ言葉を聞くだけでは「面白そう、やってみたい」とすら思っていました。しかし、いざそれらの修行を終えてみると自分の想像以上に厳しく、いままで味わったことのない感覚でした。
2泊3日で少し触れただけでそこまでの感覚を味わったので仏教の世界はもっと深く濃いものなのであろうと思います。
このように自分が本当の意味で知らない世界はたくさん存在しているはずです。
自分がいま知っている知識、感覚でしかやったことのない出来事は語れないと思います。
なので、積極的にこれからも新しい体験にチャレンジしていき、知識や感覚をどんどん得ていきたいと思います。
そして、同じ経験をした同期や社長、役員陣への尊敬の念も、この2泊3日の研修で増しました。同じ日に研修を行った同期らは身体のコンディションや体格差もある中で自分と同じ修行を乗り越え、社長らは極寒の中、年齢も自分らより上であるにも関わらずやり切ったという精神力は本当に凄まじい強さで尊敬しています。
また、今回の修行で精神力の強さは身体の強さも重要であると改めて認識しました。
身体が丈夫でないと、自分の頭の中にすぐ弱音が充満してしまうと思います。
なので、研修から帰ったら身体の鍛錬を欠かさず行い、栄養バランスのとれた食事や、十分な睡眠時間をとるよう、これまでの生活習慣を変えていこうと思います。
今回学んだことは今分かっているだけでは不十分でもったいないことです。
今日からでもすぐ行動に移し、忘れないよう注意して過ごしたいです。
私は今回の研修合宿で、様々な経験をし、多くの学びと発見がありました。
一つ目は「大きな声を出すことの大切さ」です。天光寺に到着してからすぐに、自己紹介をしていき、声の小さい人は、大きい声が出るまで何度もやり直しました。
最初は、恥ずかしい気持ちや、緊張がありましたが、大きな声を出すと目が輝き、誠意がより伝わるということを意識し、心を込めて自己紹介をしました。
二つ目は、「集中力を養うこと」です。
お経を唱えている間や、写経の間など、長時間に渡って同じ姿勢でいることの辛さを何度も経験しました。
最初は、自分の身体の痛みばかりを考えてしまい、全く集中できませんでした。
しかし、修行を経験していく中で、今、自分の目の前のことだけに意識を向けることにより、お経を唱えたり、写経を書くのが、少しだけ楽しく感じられるようになりました。
これから仕事をしていくなかで、集中力は必要になるので、今回の研修合宿で学べたのは、とても良かったと思いました。
三つ目は、「忍耐力をつけること」です。
特に二日目は、お百度参りでは、はだしでアスファルトの上を走ったため、周りの人となかなかペースが合わず、苦しかったです。
三禮は、今回の研修合宿の中で最も辛く、何度も辞めようと思いました。
そんな時に隣を見ると、頑張っている同期の仲間がたくさんいて、自分も途中で諦めたくないと励まされました。
一人だったら絶対に最後までやり遂げことはできなかったので、みんなと一緒に参加することができて、本当によかったと思いました。
四つ目は「団結力と協調性です」です。
正直、入社したばかりで同期の人たちのことをよく知らないまま、二泊三日を一緒に過ごすのは、少し勇気がいりました。それでも、食事の準備や後片付け、掃除を全員で行うことで、協調性を学ぶことができたと感じました。
また、滝行に参加することができなかった人たちも、参加している仲間を全力で応援していました。
この三日間で、三十一人の団結力が深まったと思います。
五つ目は、「日々の食事のありがたみを知ること」です。
精進料理も美味しいのですが、自分の好きなものを選んで食べることができないのは、想像以上に辛かったです。
それと同時に、普段どれだけぜいたくで、偏った食事をしていたのか、という部分が見えてきました。
さらに、いつも何気なく言っていた「いただきます」と「ごちそうさま」の意味を深く知ることができ、普段の生活に戻ってからの食事でも、今回の研修を思い出し、食事ができることに感謝して、しっかりあいさつをしていきたいです。
今回の研修合宿に参加させてもらい、辛いこと、苦しいことがたくさんあったけれど、みんなと一緒に参加することができて、本当に良かったと思える三日間になりました。
この合宿で学んだことは、これからの自分の力になると信じて、社会人として仕事に取り組んでいきたいです。
天光寺の方や参加させてもらった上司の方にも感謝しています。
三日間ありがとうございました。
自分はこの二泊三日の研修で学んだことは、続ける、やり続けるという精神、忍耐力を付けられたことです。精神力は、持ちあわせていたつもりでした。高校の頃朝五時に家を出て自転車で真夏の暑い中、真冬の寒い中一時間かけて学校に登校し、部活動のバスケットボールの練習に参加し打ちこむ、そんな生活を三年間続け少しでも体力を付け、少しでもバスケットをうまくなろうという思いで頑張り続けました。しかし、大学でなまけてしまった精神を思いださせて頂けたような三日間でした。一日目に精神、二日目に身体面で強くなれたと思います。お百度参りに始まった走り声を出す。走るのみなら楽だったように思えます。しかし、声もはりあげるとなると倍のしんどさをともないました。自慢になるかもしれませんが、自分の声が一番山に届き響いていたと思います。続いて滝行です。冷たいのが苦手な自分には辛い行になりました。しかし、同期の声に支えられ「すぐに逃げたい」という心を殺しのりきることができ、みんなに助けられ救われました。そして三禮。最初しんどくなってくる感覚がわからなかったですが、この三禮でも声がみそだったと思います。「おん、さらば、たたぎゃた、はなまんな、のうきゃろみ」これを声にするための息が整う間がなく、みんなの声が少なくなりやめていく人も増える中 一人が「頑張れ!!」と声をあらげてくれ勇気になりました。その子がつらそうにしていれば自分は「ファイト!!」と声をあらげました。それが伝染していったのかラスト二十回からの団結力はやっている身からしてもはげみになり最後まで声を出すことができ、皆様に感動をあたえる結果になりました。「声」には力があるということを肌で感じ何人もの人を自分が動かしたという責任感からか自分は最初から最後まで大声出しながら続けることができました。先生が法話でもおっしゃっていた通り積極的な言葉が生んだ感動だったと思います。なにごとも積極的に行動してみてから考えればよいと思いました。急に億のお金を手にするかもしれない繋がりになる人脈が人生を変える、一人ひとりとの関係を大切にしていきたいと思います。食事もそうです。毎日どれだけ幸せか身にしみてわかりました。三日目のカレーライスが本当に何倍もおいしく感じました。あいさつ面は、高校のバスケットボール部の頃から教えこまれていたので誰かとすれ違うたび「おつかれ様です」を忘れずすることができました。これは会社でも忘れずずっと続けていこうと思います。会社内でも明るく自分も明るくなれるそんなあいさつを心懸けこれからも頑張っていきたいと思います。食器の片づけがあり、その時グラスが割れてしまい「先生に報告しておいて」といわれた時かなり時間が経ってしまいましたが「謝りにきて正直」と先生に言っていただき悪いことをしたのにほめられてしまいました。正直にこれからも頑張っていれば結果がついてくると思えました。
今回の研修を通して、「忍耐力」や「やり切る力」がついたと感じています。部活をやめてからは、そのような気持ちになることがありませんでしたが研修をしたことによって再度自分の中にめばえさせることができたのでよかったです。研修をする前は「キツイキツイ」と言うけれどそこまでじゃないと考えていましたが進んでいくにつれキツクなっていきなめていたと感じました。
一日目のお経をずっと唱えるのは、足が痛く立つたびにがくがくだったことを覚えています。お経を唱えていると法事などで聞くものに少し似ていると感じました。
写経はやったことがあり、わりと好きなので辛くなかったですが、ひさびさにやってみると難しかったです。
二日目での「お百度参り」は、体感では本来の数の半分くらいだったと感じました。なので、思っていた以上辛くはなかったです。お百度参りを考えひろめたような人は、今後でてこないような気がします。
「滝行」では水がつめたく三分つかることができなかったのが一つ心残りです。でも、水から出ると身体が軽くなった気がしたので滝行をした意味がありました。また、経験することが出来たのはこれからの力になると考えています。
そして、二日目で一番辛かったのが「三禮」でした。しゃがんで立つ動きがこんなにも体にふたんをかけていたと知りました。三回で一。
私は、数回休んでしまったけれど、一回も休まずやり切った同期の人はすごいと感じます。
「写仏」では、不動明王を写し、名前と内容を知り仏が多くいると改めて思いました。
また、お守りの中に神や仏の写仏や写経が入っていると初めて知ることができましたが、今後も私はお守りの中を見ることはしないと思います。なぜなら、なにか、バチが当たるような気がするからです。
三日目の住職の「法話」では、これからの社会人人生に役立つことが多くありました。
「人脈」やネガティブなことは言わず「ポジティブ」なことを言うなどこれからはマイナスなことは口に出さず生活していきます。
研修を通じて学んだことを今後につなげていきます。
私は入社以前には寺で企業研修を行うなど考えてもおらず、仏教の教えに明るくないこともあり、不安を強く感じていました。しかし、実際に研修をやり通し、ここでは仏教の考えを通して世の中のあらゆることに適応される真理、また同様に多くの物事をやる際に必要なる精神を人に伝えているのだと気付きました。
例を挙げるならば初日に行った挨拶の練習です。ここでは、これから社会に出て働くものとして必要となる挨拶の練習となっていただけではなく、自分を訪れてきてくれる方に当然持つべきである敬意を分かりやすく挨拶という分かりやすい形で行動に移すことにより、常に忘れないようにするべきであるということを学ぶことが出来たと感じます。
また、お百度参り、滝行、三禮といった肉体的な辛さを伴う行を通して「今まで経験したことのない道の物事でも積極性と精神力でやり通すことができる」という事を学びました。
正直に申し上げると、前に名前を挙げた3つの行は特につらそうで、二十二年間で一度も発したことが無い説明が無ければ意味も分からない言葉を覚える必要もあり、やる前は「できればやりたくない」と考えていました。しかし、一度やり始めると「最後までやり抜こう」という思いが自然に頭に浮かびました。ここで、積極的に行動すること、とりわけ実際に行動を起こすことの重要性に気付かされました。そのような積極性をもったおかげで「辛い」という気持ちは達成感に変わり、このことは行のみならず、あらゆることに通じると感じ、仕事にも生かしてゆこうと感じました。加えて、件の3種の行は特に仏教色が強く、仏教について表面的な知識しか持たない私にとっては、どのような意図を持って企業研修のメニューに組み込んでいるのかが理解できていませんでした。しかし、前述したように実際に行ってみると日常にも広く通じる学びを得る頃が出来ました。このことから、一連の物事の中で、自分にとっては一見無意味に思えることでも重要なことが隠れているのだということを身をもって学びました。研修以前に聞いていた「自分がとった電話の重要度が低そうだったのでとりつがなかったが、後に重要な電話だったという事が分かり、大目玉をくらった」という体験談が上がりリアリティを持つものとなって聞こえるようになりました。このことから、仕事中一見大事そうに見えない工程があっても、長年培われてきたものだということを念頭に置き、サボったり、自分の判断のみで省いたりすることをしないようにしなければならないようにしなければならないという事を強く肝に銘じました。
また、瞑想の時間は、普段暇があればスマートフォンを手に取り、いくらでも時間を潰すことができ、悩みがあればすぐにインターネットで解決策を探そうとする私にとって自分ついて考える良い1時間となりました。
自分の将来などについて悩みがあったり、躓いたりすると投げやりになってしまう一面がある私は
無意識に語りかけながら、これから先自分が幸せになるにはどうしたらいいか真剣に考えたことがありませんでした。今回の短い時間では答えを探し出すことはできませんでしたが、これから意志を持って選択をしていこうと思い直すきっかけとなりました。
再三ですが最後に今回の研修で学んだ事は、万物に通じるものである種の真理であるのだと感じたという事を改めて述べさせていただきます。
今回はそのような教えを仏教の道を通して教わりましたが、本質を見れば仏教のみならず、形は違えど他の事を通してでもこの考えに辿りつくのではないかと感じます。
本当に最後になりますが、今回様々な学びを得る手助けをして下さった天光寺の住職並びに職員の皆様に感謝を述べて結びとします。本当にありがとうございました。
天光寺に修行に来る数ヶ月間、心身共にやつれていく感じで暗やみに居る様な感覚でした。
なので、天光寺に来れば、何か変わるのではないかと、、、、、会社の研修とはいえ、光を見出せたらと自分の心の中では思っていました。
「思考が人生を作る」まさにその通りだと思いました。負の言葉は、負のエネルギーしか持たず、自ら発する言葉でも、人から聞く言葉でも負や陰の言葉ばかりだとどんどんそのスパイラルから抜け出せなくなり、人に感謝することや、明るい感情から遠く離れていくものだと先生のお話を聞いていて、涙が出そうになりました。
過去の出来事も実はそのようなこと、「自分がしたことは、いずれ自分に返ってくる」だったのかも知れません。
また自分が居る場所は、今の自分が選んでいるのだから、積極的に生きないと自分が得られる運や人生は、その積極さで変わると気付かされました。
「なにかいいことないかな」とぼやいて待っているだけでは、自分にとっての良い縁であったり、出来事であったりは、そうそう手に入らないのだと思いました。
仕事でもよく社長より「失敗してもいいから色んな事に挑戦していきなさい」と言葉をかけてもらうことがあります。
自分の中に失敗したらどうなるのかと怖い気持ちを膨らませている姿が社長には伝わってしまっているだろうと思います。折角励ましのことばをかけてくれているのに、怖いとか、不安だとかで、うずくまっているのがもったいないと思いました。
天光寺の修行では、「弱い気持ちの自分を抜け出す」という目的がありました。
滝修行では、他の人がやっているのを見ている時と(想像)、自分がしているは(現実)、あまりの違いがあり過ぎて驚きがありました。と思うのも束の間、この行だけは逃げたくなりました。が、耐えないと自分に勝てないという一心でやりきりました。
終えた時、ずっとモヤモヤしていた頭の中が晴れていくのを感じて、勇気が湧いてきました。
小さな事でもやり切ったいう事が自信になったのだと思います。想像と現実の違いについても、何事もやってみないといけない、やったことのある人と同じ土俵にあがれないということです。
今私が出来ることは。懸命にやることで、やる前からにげることではないということに気付かされました。
また、人がやっているのをみているのと、自分がしているギャップがあると知ったことで、人に意見を発する際に、相手の気持ちも尊重しなければいけないと思いました。
人それぞれ能力も異なり、得意・不得意も異なる中で、自分を基準にして、物事の良し悪しはきめてはならないということ、会社の中で言えば、新しく入社してきた人を、自分の思い通りに動かそうとは思わないことは、改めて心に留めて日々の業務にはげみたいと思いました。
相手が誰であっても誰にでも存在価値はあり、私自身にも存在価値がある。私の闘う相手は自分自身である事、そこに間違いはないと、こたえがでたので、悩んでいた日々もこの修行で得られた結果や気持ちも、全部与えられていたことだと、感謝したい気持ちで一杯です。
私は、よく夢で見たことが現実で再現されます。今回の修行で布団の片付けをしましたが、その場面がげんじつとなりました。私の魂もここへくることを願っていたのかも知れません。学んだ事を日々胸に留めて穏やかに人の言葉に乱されず、自分の人生を歩んでいきたいと強く思いました。
ありがとうございました。
私は、天光寺にて四月二日より三日間、企業研修を行いました。
研修を通して行ってきた挨拶などの作法を通じて学ぶことがありました。生活を通じて行われる作法は、一つ一つの催しの区切りを明確にし、気持ちを入れ換えることを自然と出来るようにするものであり大きな意味のあることであると学びました。
三日目には、作法による気持ちの切り変え方の力を実感し、各催しに集中して挑むことが出来ました。また、研修を通して声を出すことが重要視されていましたが、声を出すことで気を調整したり、作法のリズムを生み出て、生活に抑揚を生じさせる効果もあるのではないかと考えました。般若心経などの言葉を覚え、自ら声を発することによって、積極的に何かをやっていくといった姿勢が養われていくのを感じました。さらに、なぜ唱えるのか、何を唱えているのか、理由や意味が自分の中で分かっていくにしたがって、一種の達成感のようなものを感じ、企業研修といった、やらされているといったことから、自らやっているといった意識へと変わっていきました。朝から夕方まで体を動かしたり声を出したりといったことが続く中で、夕食後に行われる写経、写仏が私の中で特に印象的でした。普段使用することのない筆を用いて、ふり仮名なしでは読むことの出来ない般若心経を写経するにあたり、普段の生活では考えられない集中力をもって行うことが出来ました。
写仏に関しては筆で書くものとは思えない細かな絵を写すこともあって、自分でも信じられないような技術と集中力を総動員して最高の形でなしとげられたと思っています。
天光寺での研修を通し、始めに自分がしていた考え方が変わったことを感じています。
普段とは全く異なった環境で、普段ではありえないことを行ったことによるものであるとも考えられますが、この環境を与えてくださった天光寺の皆様方、また、ここでの研修をきめてくださった会社の方々に感謝します。
この三日間、自分の出来ることは全て成し得たと考えております。スマートフォンの使用禁止など厳しいことも多くありましたが、やる価値のある研修であったと確行しています。
三日間、大変お世話になりました。ありがとうございます。
私は四月一日に入社する以前から半年程アルバイトとして出社し業務を行っていましたが、今回天光寺での企業研修をするにあたり、まだまだ社会人としての意識が低かったこと、そしてこれからの行動や考え方次第で自分の人生は大きく変わっていくのだと感じました。
天光寺での企業研修の中で一番印象に残っており、心身共に考えさせられた体験は滝行でした。滝行を行う前は初めての体験ということもあり、とても楽しみにしていましたが、いざ滝行を開始してみると想像を超える水温の低さや水圧で思うように身体が動かず、声もなかなかだすことができませんでした。しかし、途中で辞めるという選択は一度も頭には浮かばず、次第に水温、水圧にも慣れ自分の納得がいくまで滝行を行うことができました。
今まで学生時代の部活動等で培ってきた以上の忍耐力や精神力を得ることができたのではないかと感じています。
また、三禮では体力的な部分では余裕を持って行うことができましたが、周りが苦戦している時にどんな形で自分が支援、手助けをすることができるのかという事をとても考えさせられました。私が三禮をやっていた際に隣で一緒に三禮を行っていた他者の男性の方は、自分自身が限界が近づき、立ち上がる事が困難になっても声を出すことは決して辞めず、最後まで声を出し続け、自分自身、そして共に三禮を行う仲間を鼓舞していました。
私自身も隣でその姿を見た事で鼓舞され、最後まで一度も止まらずに三禮を行うことができたのだと思います。出来ている人の言動そして出来なくても出来ない人なりの言動がそこの環境や、最終的な結果を大きく左右するのだと実感しました。
そして、これは会社の中でも同じであり、一年目でまだまだ出来ることの少ない私ですが、新人なりの言動や仕事に対する姿勢を今一度考えていかなくてはいけないと思いました。
また、現在「第二創業」を掲げている我が社だからこそ、何事にも受け身ではなく積極的に行動し、社内の環境や会社全体の成果に良い影響を与えていきたいと思います。
天光寺での企業研修を通して、自分自身の体力、精神力、忍耐力をさらにレベルアップさせることができたと実感しています。
努力と知恵を使い、積極的に生きていくことで、今後も成長しつづけることが絶対に出来ると感じることもできました。
また、自社だけではなく他社の方々とも二泊三日共に企業研修を行ったことで周りへの気遣いや、様々な考え方、それぞれの役割分担などでいろんな面に触れることができ、とても勉強になりました。
今後、研修が終わりそれぞれの部署で実務が始まり、様々な辛い事や逃げだしたくなるようなこともでてくるとは思いますが、今回教えていただいたように、自分の人生の主人公になるため、不平不満を口にせず、絶対的な価値が自分の中にある、という事を信じて行動していきたいです。また、つらい場面に出くわした時でも強い気持ちを持ち、今回の研修で得た精神力、忍耐力を活かして乗り越え、成長し続けていきたいと思います。
そのためにも、普段から、反省・感謝・懺悔を忘れません。
今回の経験は会社の研修としてではなく、人生においても本当に貴重な経験となりました。
普段、時間やインターネット社会に追われ、心から時間に余裕をもち、心にゆとりをつくる時間というものがほとんどありませんでしたが、写経や写仏を通して静かな落ち着き
いた時間というのも経験することができました。心にやすらぎであったりゆとりを持つことで寛大な心や不平不満の解消につながるということも実感しました。
最後のお話にもあった通り、「人を愛すだけでなく、同時に自分も愛すことで、結果、お客様や大切な人を幸せにできる」と気づくことができました。
これから見返りのない愛情を持って、オンリーワンの自分になれるよう精進していきたいと思います。
二泊三日ありがとうございました。
天光寺での研修を経て、自分の中で「生き方について」「人生について」「仕事について」という所が変わりました。
この変わった所というのは、一つの考え方次第でガラッと変わる事だったので、非常に
新鮮かつ刺激的な体験でした。
まず、第一に「生き方について」という所ですが、これまでの私の生き方というのは、「自分に向き合わず、悪い所は見て見ぬふり。やり続けずに、ブレーキを踏む」といったネガティブでプラスな考え方がほとんど無いような人生でした。
ですがそんな生き方をしつつも、「このままでいいのだろうか」という気持ちはありました。
しっかり自分と向き合うという自身の課題を克服するのに、この研修はとても良い影響を与えてくれました。
「三禮」「お百度参り」という厳しい修行を経て、感じたことは、
『どんなに辛くても、苦しくても、自分なら乗り越えられると信じ、歩き続ければ、そこには頑張った分の達成感と、自分を信じてあげられたという自信が付く』という事です。
そして、「滝行」を経て、感じたことは、『自分の限界をわきまえておき、その上でその限界までをどのように全力で過ごすか』という事を、感じました。
「三禮」「お百度参り」「滝行」という行を体験することで、「歩き続けやりとげること」の大切さ、「限界を見据え、自分と向き合い、そこまでどのように行動するかを考えること」の大切さを学びました。
次に「人生について」ですが、これは住職の高尾聖賢先生の言葉が私の考え方を変えてくれました。
仰った言葉が「あなたは今、人生の主人公でいますか?それとも負け犬ですが?」そう言われた時、私はすぐ、自分は負け犬だと考えました。
なぜなら人生の主人公らしいことをしていないからです。
不屈の魂で何かやり遂げたか?大きく成長して上に上りつめたか?仲間と共に夢を作り上げたか?私はこれらをしていなかったです。
「この世に生まれ落ちて、自分の人生を歩むのなら、光輝かなければ。自分の人生なのだから、自分が主人公でなくてはならない」という言葉は「人生」に対しての向き合い方が変わった言葉でした。
最後に「仕事について」ですが、これは前述にあるような考え方の変化で変わっていきました。
まず、仕事において、自分に甘えが出るということについては、その甘えによって、これから先、どのようなものを失うかを知り、そう考えてしまった自分と向き合うことで、自分を律することが出来るようになりました。
そして、みえない固定観念を怖れ、「気をつかう」という体のいい言葉で「逃げていた」ことについては、固定観念を壊してこそ仕事であり、怖れず進み続けることが成長であることを学びました。
以上のことが大まかではありますが、私が天光寺で学び、感じた事になります。
来る前の最初のイメージから変わり、来れて本当に良かったと感じました。
また自分自身の考え方、生き方に迷いを感じたら、来たいと思いました。
この二泊三日の研修を通して最も強く感じたのは「仲間」の存在の大きさです。
私はこの研修で、今までの学生気分を捨て、大人として、そして社会人としての自覚を持つという目標を立てました。
一日目に行った、自己紹介や挨拶、お経読みは、「声が小さい」と何度も言われ、いつになったら終わりになるんだと思いました。
ネガティブなことや不平・不満を口にしてはいけないと分かってはいても、ついつい心の声が漏れてしまうことが多く、一日目はまだ精神的に子どものままだったのだと思います。
二日目に行ったのはお百度参りと滝行、三禮でした。
この二日目が一番つらかったです。
お百度参りは全員で裸足で百往復し、一回ごとに「南無大師遍照金剛」と唱えなければいけなかったので、息つく暇もありませんでした。
お百度参りが終わり、滝行に向かいました。
滝行は今までやったことがなかったので、少しだけ楽しみにしていたものでもありました。
しかし、現実はそんなに甘いものではありませんでした。
滝行の服装はパンツの上に行着を着るだけで、こんな格好でやるのかと思いました。
滝行の順番で自分はまん中あたりだったので先に滝行をする人を見ていました。
滝行を終えた人全員が、「ヤバい」「寒過ぎ」と口にしていて、自分がやるのが怖くなりました。
しかし、ここまで来て逃げられないので、覚悟を決めて、滝に向かいました。
滝は目の前で見ると流れも強く、先に滝行をやっている人を真近で見ると、遠くで見ていたときとは全然違い、大変さが伝わってきました。
自分の番が来て、水の中に足を入れただけで凍ってしまうんじゃないかというくらい冷たかったです。その後に一度頭から水をかぶってから滝の中に入りましたが、冷たすぎて体中を刺されたような痛みがありました。すぐにでも滝から出たいと思いましたが、三分間入っている人が多く、自分も負けたくない、逃げたくないという一心で、三分間入ることができました。
滝行の後にやった三禮は、一人だったら、絶対にやり切ることはできなかったと思います。
止まってしまえば楽になれると思いましたが、みんな頑張っているし、後ろから鼓舞してくれる仲間がいてくれたおかげで、全員でやり切ることができました。
終わった後の達成感と一体感はすごかったです。
三日目は法話を聞き、人脈の大切さ、積極的な心を持つことを学びました。
私は今までどちらかというと消極的な人間でしたが、これからはチャンスを逃さないためにも積極的に生きていきたいと思います。
この研修で一番強く感じたのは仲間の存在の大切さです。
滝行や三禮はもちろん、食事の準備なども仲間と協力して行ったことで、絆も強くなったと思います。
また、普段と全く違う生活をすることで、あたりまえだと思っていたことが、決してそうではないと知ることができました。
貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。
2019年4月度、合宿で私が特に重要だと感じた「学び」「気付き」をお伝えします。
まず、結論として、「気付き」は以下の四点です。
①「己の限界をもっと超えていける」という確信②「奉仕の心」の重要性
③前向きで健康な魂(精神)を保つ事の重要性④自身の「甘え弱さを断つ為に何を拠り所とすべきか」その答え。
①の「限界への挑戦」への自信に対しては今回経験した数々の身体を使った修業から確信を得ました。普段の生活では「やろう」「できる」と思えない辛い事でも「やってみればできる!」ことですし、学生以来、久しく忘れていたアグレッシブな感覚を思い出すことが出来ました。
②「奉仕の心」の大切さは、今回一番近くで私たちにご指導下さった担当の方をみて思った事です。その姿からは「気遣い」「感謝」「謙虚さ」に溢れており、言葉の端々から伝わってくるものがありました。
担当の方も昔営業をされていたと、お聞きしましたが、これが「売れる営業マン」のあるべき姿だと感心したので、モデルとさせていただき、自分も一つ一つの表情、言動、挙動を磨き、変化します。
③「前向きで健全な精神を保つ」ことの大切さは、住職様の説法は拝聴し感じたことです。その類稀とも思える成功の土台となったサクセスストーリーの裏側には、ご自身の『舞台の主役』とでもいうべき個性と強烈なポジティブさがあったのだと教えて頂きました。
社内でもなぜこれだけ「前向きな言葉」を重要視しているのか?改めて思い知った所です。
今後「言葉の力」を活用していく事は勿論、住職様がご説法でお薦めしてくださった「瞑想録」も読んで更に理解も合わせて深めます。
④が「今の自分の甘え、弱さ」を断つ為にどう在るべきか!?という問いの答えです。
私の答えは「仲間や自分自身の家族を守り、そして自分も幸せにする」という決意を今後のより所として、辛い時、自分に負けそうな時、踏ん張っていくという事です。
自分自身の欲望として、もっとお金を稼ぐ、男としてもっと出世するという目標はありますが、それは所詮独りよがりで踏ん張れない。自分だけでなく、仲間や家族、目の前の人達の幸せを守ることまで責任を負う覚悟が必要だという結論に、上司や住職様、担当の方の姿を見て至りました。
綺麗ごとを語ってしまいましたが、それを綺麗ごとで終わらせない為に、今は何より「結果」「数字」が全てです。その結果に関して見ていてください。
まずは、一営業、プレーヤーとして結果も含め一流になって見せます。
今回の研修を受けさせていただく前は他人の目ばかりを気にしたり、自分の人生をなぜか、自分じゃなく他人が歩いているように思っていました。
私は自分の人生を自分の意志で進んできたという実感がありませんでした。
「人が何かをしたから一緒にしよう」とか「みんながやってるから」など他人を軸にして物事を考えるのが多かったからです。
物事に対して積極的ではなく消極的で自分から進んで取り組む事がなく誰かの後ろに立っている時に「自分は必要なんだろうか」や「自分がいてやることがあるのだろうか」と考える事がありました。
やっぱりそれは、自分の中に絶対的な価値がなかったりなどマイナスなことばかり考えていたからだと今回の研修で知る事が出来ました。
今まで生きてきた中で「責任」という言葉を深く考える事がなかったり、自分自身がいろんな事から逃げる事が多々ありました。
研修で「責任」や「自覚」を学ぶ事ができました。
生きる目的を持つことがなく、流れるままに生きてきて、今も自分の意志で生きているわけではなく、ただやりたい事するわけでもなければ、見つけることもなく、時間がいつのまにか過ぎているという何の生産性もない日々を過ごしてきました。
研修の内容で一番やり遂げたと思った事は滝行で、今まで逃げてばかりだった自分の中で逃げたいと思っても逃げずに最後までやり遂げた数少ないものの一つだからです。
滝行をしている時、最初は冷たいと感じたのですが、座ってからなぜか水が暖かく感じたのは自分でも不思議に思っています。
自分自身を一新して、これから社会人としての自覚と責任を持つことと、何か目的を持って生きていこうと思います。
私は自分にあまり自信がありませんでした。二十二年の人生の中で「嫌なことから逃げ、なるべく楽な道を」と正直何度考えたか数えきれません。この企業研修に参加する前もそうでした。「寒いのかな…まだ皆とそれほど仲良くないのに不安だな…滝行つらそうだな…」とマイナスの感情ばかり抱えていました。
お寺に着き、配られたファイルの中で見つけた言葉、「私は、自分を信頼できます。」誓いの言葉の中の一節でした。始めて見たとき、「こんなこと言えないなぁ。」と思ったのが正直な感想です。修行が始まるとそれは私が想像していたものをはるかに越えていました。正座はつらいし、声を出しすぎてのどは枯れるし、一日目で疲労困ぱいしてしまいました。
しかし、何度も何度もお経を唱えていくうちに、私の中で何かが変わり出したのを感じました。明らかにそれを感じたのは二日目の滝行です。「人数が多いからマックス三分ね、どうしても無理な人は出てね。」と言われた時、「頑張れるだけ頑張ろー。」と、軽い気持ちでいました。しかし限界まで頑張る皆を見ていたら、「自分もそんな甘えたことは言っていられない。絶対に三分耐えるんだ。」と考えるようになりました。いざ自分の番が回ってきて、足首まで入っただけで「これは無理だ…」と諦めそうになりましたが、先にこなした皆の姿を思い出すと最後までやり遂げることができました。終わった後にすれ違う度に「頑張ったね。」「声大きくてここまで聞こえてたよ。」「お疲れ様。」と声をかけてくれる度に、やりぬく達成感をひしひしと感じました。
そして二日目、一番つらいといわれていた三禮の日。一日目、二日目の疲労が蓄積した中での行。「どうしても無理なら止まってもいいよ。」という言葉にもう甘える私ではありませんでした。熱くても痛くてもつらくても、となりで同じように苦しんで、頑張っている仲間がいる、私は一人で頑張っているわけではないという事実は私をとても勇気づけました。そして一度も休むことなくやり抜くことができました。終わってから自分の体を見てみると、手はカーペットにすれて両手共摩擦火傷で血が出ているし、両ひざ共あざだらけだし、汗まみれでとてもキレイな状態とは言えないけれどその傷を見る度に「これだけ頑張ったんだ。」と証のような気がして嬉しくなりました。皆で筋肉痛の足をひきずりながらも笑顔で「いたいよー。」と笑い合ったこの瞬間をいつまでも忘れないでいたいな…と思います。
この感想文を書いている今、もうすぐ修行の終わりが来ることを少し寂しく思ってさえいる自分がいます。ご法話の最後で読んだ誓いの言葉の一つ、「私は自分を信頼できます。」という言葉を三日目やり遂げ、皆で支え合った今なら自信をもって口にできます。
この筋肉痛が消えてしまっても、もしこれから皆と争ってしまうことがあっても、この企業研修の三日間を思い出すことで乗り越えていける気がします。そして、この達成感や支え合う姿勢をこれからの仕事にも活かしていきたいです。三日間お世話になった住職をはじめとするお寺の方々、お忙しい中引率して下さった村野さん、今川さん、貴重な経験をありがとうございました。
私がこの三日間で思った事は、前向きに人生を歩くのが自分にとって一番良い事だということです。最初の正座してお経を読んでいる時につらい、痛い、などの感情が出てきてしまってマイナス思考だったけれど、読み終わったら飯が食べれるなどプラスの考えをする事によって耐えることができたりと、会社で嫌な事があったとしても、これが終わったら何か自分にプラスになる事なんだと思えるようになりたいと思いました。
二日目では仲間の大切さや一致団結のすごさを感じました。お百度参りでは、仲間と大きな声を出して、つらくても走り続けれたり、お互いを盛り上げるような雰囲気で鼓舞したり、滝行でも「南無大師遍照金剛」と唱えて、皆で乗り越えられたのが一致団結ってすごいなと思いました。
三禮では二日間で感じた事を胸に皆で声を出し合って一致団結してひざをすりむいてもやり切る気持ちで頑張って乗り切ることができて、すごく達成感を得る事ができました。
三日目は、今までの二日間と違って、身体に優しい感じだったのですが、初めてヨガをやり前日にすりむいたひざが悲鳴を上げてヨガでさえ耐えねばならない時が来るとは思ってなかったのですが、しっかりとやり、皆と楽しくできて仲も深まり、良かったです。
全体的には現代に生きている事が本当にありがたい事なんだな、という事をあらためて実感することができました。電子機器を使わない生活がこんなにも厳しいとは思っていなく、現代っ子の悪い所が垣間見えたなと思いました。
三日間の最後に聞いた話で、人脈が大切と言われ、これから関わっていくお客様や、先輩などと、人脈を大切にし、さらに居酒屋などで何気なく知り合った人とも前々からの友人との人間関係も大切に生きていくことができたらなと思いました。
実家暮らしなので、お皿を洗ったり鍋を洗ったりすることが少なく、今までしてこなかったので、これからは親の手伝いなども積極的にやり、一人暮らしを始めた時にも困らないようにしようと思いました。
最後の昼飯のカレーがめったに出ないと聞いて、私たちの頑張りを認めてくださったのがすごくうれしかったし、国宝級の美味しさでした。
普段はあまり辛口のカレーを食べないので、辛口のカレーも良いなと思いました。
これから生きていく中で、何事にも積極的に自分から行動していきたいです。
同期の皆と仲を深められて良かったです。
企業研修の三日間天光寺で過ごしましたが、慣れないことばかりでした。
一日目の夜には風呂場の使い方について注意を受けました。お寺で修行させていただいているという意識が足らず、ホテルのように全てスタッフの方に頼りきっている感覚だったのだと思います。小学校の林間学校を思い出しました。
この一日目の注意をきっかけに、ろうかや部屋にごみが落ちてないかなど身の回りを特に清潔に保つように気を付けるようになりました。
お経を読んだり写経、写仏をするのも初めてでした。
声が枯れるくらい長時間唱え続ける経験は今後あまり無いと思います。
腹式呼吸法など、お寺で沢山練習したことを生かして、会社に戻ってもお客様に気持ちのいいあいさつができるように心がけたいと思います。
今回一番のメインであった滝行には、体調の関係で参加することができませんでした。
正直、研修に来る前は滝行なんて絶対にやりたくないと思っていましたが、いざ滝に打たれている皆を見ていると、参加できないことがすごく悔やまれました。
すごく体は冷えるし、呼吸もできなくなると皆から聞いたし、見ていて実際しんどそうだと思いましたが、他にプライベートで滝に打たれることは無いと思うので、すごく残念です。
お百度参りは、最初の方は思っていたより余裕だなと感じていたのですが、走って叫んでの繰り返しはけっこう体力が削がれました。法話で、この修行は住職さんの発案だと聞いておどきました。あれだけ「南無大師遍照金剛」と叫んだので少しでも願の成就に近づくといいなと思います。
研修に来る前は滝行にしか気が回ってなかったのですが、修行の中で一番しんどかったのはやはり三禮でした。最後の方は崩れ落ちるだけだった気がします。
「もう少し!」の声から終わりまでがなかなか長くて心が折れました。
何度か立ち上がれなくなりましたが、最後まで続けようという気持ちになれたのは、周りの皆も必死に三禮をしていたからだと思います。
本当に体力的に限界でしたが、終わったあとは達成感がありました。
その後の夕食では、つらいことを一緒に乗りこえたことで団結が生まれたのか、各テーブルいつもより話が盛り上がっていたように思います。
三日目のヨガは、三禮による筋肉痛が響いてしまいました。
三禮の直後にやっていたら丁度よく筋肉が伸びて気持ちよかったのかもしれません。
でもヨガのおかげで気持ちがすごくリラックスできました。
先生の優しい声もヒーリング効果があったように思います。全員で木やプロペラのポーズをした光景が印象的です。
法話は、仏様にまつわるお話を聞くものだと思っていたので、天光寺が出来るまでの経緯や住職の人生観も聞けたのは貴重な経験だったと思います。
私自身ネガティブな考えばかりしがちなので、誓いの言葉全部を守るのは難しくても、二、三個から初めて、実行できることが多くなるよう努力していきたいと思います。
精進料理は正直自分の想像以上においしかったです。
でもやっぱりカレーライスにはテンションがあがってしまいました。
住職の食へのこだわりにとても感謝しています。
三日間の研修を経て、つらい修行もありましたが、前向きな考え方に切りかえて、培った団結力と共に仕事を頑張りたいと思います。
私は、正直、この寺修行に行きたくはありませんでした。
会社の先輩からキツい、つらいと聞いていたので、来る前から気持ちが下がっていました。私は元々人の発言や行動などをとても気にしてしまう性格なので、その部分でも行く気力が無くなり、精神的にも、思考的にもつらい所がありました。
今回の研修で、同じ新入社員のみんなと二泊三日することを不安に思っていました。
新入社員とはまだ会ってからまだ数日しかたっていないのに一緒に泊まるのは中々難しい事だと自分は思います。新入社員とどう接していいのかわからなかったので本来の自分を出す事が出来ませんでした。
それは、自分に自信が無いから、相手と話す事やどこまで踏み込んで良いのかが分からないし、自信が持てませんでした。
しかし体験した滝行や三禮で団体力が深まった様な気がしました。
滝行は、最初そんなに寒くないだろうと甘く見ていましたが、いざ入ってみると予想以上に冷たく、滝に打たれると声が出ませんでした。
後半の方になると声もだせる様になり、みんなの声も聞こえるようになって頑張ろうという気持ちができました。
終わった後にお坊さんやみんなにおつかれ様と言われて三分間、たえれて良かったなと思えました。
三禮では、キツいやもう無理だとお経を唱えるだけにしようと何度も思いましたが、お坊さんや友人達が「頑張れ」「もう少しだ」とお経の間に言ってくれたのでとても頼りになれましたし、自分も頑張ろう、自分だけじゃないんだという気持ちを持てたので、一回も座らずに三禮を終える事ができ団体力が深まったと思います。
今回の研修で物の大切さ食のありがたさが本当に良く分かりました。
食事の時、食べ物を残すなと小さい頃からよく言われて来たので残すことはありませんでしたが、なぜ残してはいけないのか、誰のことを思って「いただきます」「ご馳走さま」を言っているのか根本的な所を食前、食後のあいさつ、言葉を唱えて食のありがたさや大切さを知ることができました。
また、私達の体、健康を気づかって料理を作ってくれた先生はとても凄いと思ったし感謝しています。ありがとうございました。
作ってくれた人に対し、おいしくないやまずい、食べたくないなど言うのは良くないと思いました。
私は、この研修に来る前までは、ネガティブな発言や自分に対して不になるような事をよく言っていたような気がします。ですが、滝行や三禮、お経を唱えたりして、ネガティブな発言はひかえようと思いました。
マイナスな発言で病気になったり病んだりする話はとてもタメになりました。マイナスな発言で自分自身の気持ちや思考が落ち込まないように自分が得になる事、前向きな発言をして、健康でいようと思います。
自分に自信が持てない事があり、人や好きな事から逃げている時がありましたが、少しずつで良いから自分に自信を持って、本当の自分を仲良くない人の前でも出せるようになりたいと思いました。
好きな事や物も我慢せずに出していこうという気持ち、考えになれました。
今回の研修はキツいし辛かったけど、自分の考えを改められる研修になりました。
私はこの寺へきていくつかの学んだ事があり、特に学んだと実感したのは「忍耐」
の部分についてです。ここへ来る以前の私は、中学生、高校生、大学生といやなものからはとことん逃げてきました。それが最初は、自分がやりたいと思ったとしても。ですが、この寺にきて、まずお経を長時間唱えた時、まず、「足が痛い」「終わらないお仕置き」といった負の感情に捉えられていました。初日のこの場面では企業研修だから最後まで乗り切ろうと思っただけで「苦しみ」などの負の感情は一切ぬぐうことができてはいなかったです。
私に少し変化が現れたのは、初日の夜写経を行っている時の事でした。その時私は朝早く起きて道中の長旅、重い荷物、一日の修行で疲れがピークまで達しており、猛烈な眠気に襲われていました。このままここで寝てしまおうかとも考えましたが用を足して帰ってきたら不意に頭の中に「こういった極限のギリギリの場面」でこそ頑張るべきなのでは?「それこそが忍耐であり今までないがしろにしてきたものではないのか?」といったことが浮かんできました。私はこの先何をするにしても「ここで耐えられないようでは何もうまくいかない」と思うようになり、正直最初は乗り気でなかったこの寺での新人研修も最後まで真剣に取り組み、何かをつかもうと思うようになっていました。次の日以降忍耐だけでなく、積極的に掃除や食後の片付けと言ったものをやろうと考えました。
2日目では、特に滝行の際、学べる部分が多いと思いました。冷たい水に足から浸り、その後体、顔に3回水をかけ、最後に頭から水をかぶるのですが、一緒に研修を受ける他社の者も含む仲間たちが頭から冷水をかぶった時私は自然と大きな声を出してその仲間を応援していたのです。今までの間大きい声を出すのが恥ずかしいと思っていました。また、今までそんなに仲間と思っていなかった人間に対して感謝の心などが湧いてきました。そして、同僚に対しては、冷水に顔を付ける様子を見てより強く仲間を励ましたいと思う気持ちになりました。私は、寒いのがものすごく苦手なので、初日の時点で耐えられるか不安でした。これでも最後まで続けず途中でリタイアしてしまおうと考えていました。そんな中、同僚の一人が寒さに震えながらその滝行を最後までやりとげました。その様子を見た私は「これは負けていられないな」と思い苦手を乗り越え、最後までやり切ろうと考えました。しかし、いざ自分の番になり、頭から水をかぶった時「あっこれ無理」と心の中で思い滝に入った時にはもう座る前にリタイアしてしまおうかなと思いが心の中に浮かんでいて、さっそくもう忍耐の心が折れかけていました。しかし、同僚の頑張る姿を思い出して、皆同じことができていたのに私だけ出来ないのは情けないという思いが強く出てきて、また、逃げてきた自分を変えたいという最初の思いが混みあがり大声で叫びながら、なんとか忍耐の心と負けない気持ちで滝行を終えることが出来ました。
その後、三禮を324回行うという身体を使った大変な行を行ったのですが、私は途中で体力が切れ限界にまで達していました。もう逃げてきたことはこれで辞めようと心に決めていたので、ひざにあざを作りながら最後までやり切りました。私は修行前にこの寺のことを調べてきたのですが、正直ネットの評価はあまり良くはありませんでした。ですが、実際この寺に来てみて住職の法話を聞き、それは間違いであることを思い知らされました。そして、インターネットはそういったものがあふれているという事を知りました。
社会人生活頑張ります。ありがとうございました。
私は身体が弱く運動をするたび体調を崩すことが多くありました。中学生の時に剣道部で、練習をして食欲をなくして最後に体をこわすことがあり、それ以来運動をしなくなってしまいました。中学校を卒業した後も剣道をやる機会には恵まれていましたが、また体を壊すのではないかと不安になりなかなか出来ずに今まで来てしまいそれを後悔していました。
今回寺で行って来た事に滝行、三禮があり自分の体の弱い部分を見つめ直し運動が楽しいともう一度想い起こりました。具体的には、滝行ではまず他社さんや同期よりも早く一番を名乗り出て入る決意をしました。最初ということもあり誰もやっていない恐怖と一番という注目が集まる中、足を一歩踏み入れ冷たい滝の中へと入りました。春先とは言えまた水温は決して高くなく、お経を絶叫するように唱えて打たれ続けました。時間にして一分かそこらの時間でしたが、やり遂げ滝から上がると何か自分の中で成功した達成感が得られました。上がってしばらくするともう一度どこかで滝行をやってみたい気持ちになりました。今思うと体の不調もあと少し達成感が足りていれば続けられたのではないかと少し思いました。三禮は地獄だのなんだの言われるほどきついと聞いていました。実際に行ってみると言われたとおりきつく、屈伸運動に似た動きで普段運動をしていない私には半分行かずにギブアップしてしまいました。しかし周りには300回というとてつもない回数をやりきった人がいて自分もあそこまでやりきりたかった、勝ちたいと思いました。
私は体を壊した事によって運動をすることが怖くなってしまいました。しかし今回合宿の滝行での達成感、三禮での悔しさが良い経験になりました。運動にチャレンジしたいと思えました。
会社でもこの感動に似た熱意をぶつけていきたいと思いました。
人生を振り返れば、逃げ出してきたことばかりでした。初日に先生から伺った、自分の人生の主役をやれているかという問いに、私は首を横に振ることしかできず、それまで送ってきた人生の時間を殆ど無為に過ごしていたことを、三日間の修行を通じて心より恥じ入る次第です。夢を追いかける苦難ばかりを見て、自分の力を信じ切れず、努力も充分にできてはいなかった過去から、頂いた教えを通して理解した積極的なマインドを胸に、これからの人生を歩んでいく所存です。
初日で教えていただいたあいさつの仕方は、これから社会人として人生を歩むに当たって、どこに行くにも必要となるものであり、指先にまで全神経を払うこと、礼をする適切な速度や声の大きさといったことを厳しく御指導いただいたのは、得難い体験であったと思います。また、精神修養としてお経を唱えたことも日常では決して体験できるものではなく、普段運動が不足していることもあって非常に苦しいものでしたが、苦しさの中で次第に痛みなどの雑念が消えて、思考がクリアになっていく感覚はとても新鮮なものでありました。何かに没頭することで余計な不安などがなくなっていくという気付きにもつながるこの修行での経験を元に、これから挑むであろう業務にも、まずは一挙手一投足に至るまで全力で臨み、気付いた頃には自然な所作として余計な力を入れずに業務をこなしているような、そういう人材になってみせます。そのために、日々精進を重ねてゆく次第です。
二日目は、大きな後悔が残った一日でした。なぜならば、滝行を最後までやり遂げることができず、途中で音を上げてしまったからです。元々、すぐに逃げる自分を変えたいという願望を持って修行に臨んだものの、そうした悪い自分を捨てることができず、変わるための場においても同じことを繰り返してしまったというのは非常に恥ずかしく、ただ反省するばかりです。
しかしながら、学ぶことも同時に多くあった一日でもあることもまた確かです。一念岩をも通すという先人の言葉の通り、強く意志を持って挑む御百度参りや、私は恥ずかしながら最後までやり遂げることができませんでしたが、大自然という空間に身を置き、冷水に身を浸すという苦境に自ら身を置いて金剛大師の御名を一心に唱えることで、何かこの世に満ちる大いなる意志の一端に指先が触れたような感覚が一瞬胸の中から湧き起こってきたのが不思議でこそありましたが、身も心も洗われたような感覚でもありました。
三禮は非常にハードで、忘れられない体験になったと思います。やはり普段から運動をすることの大切さを実感すると同時に、足をつりそうになりながらも精一杯やれたことは一つ、大きな達成感を得られたと思います。しかしながら、途中で止まってしまったことには大きな後悔が残ったため、今度に備えてこれからは身体を鍛えていかねばならないと痛切に実感いたしました。今後、努力していきます。
三日目で最大の印象に残ったことはやはり先生の法話です。真言宗という宗派の成り立ちから宗教観に生の言葉で触れることができたのは非常に感慨深く、御自身のサクセスストーリーから得た人生に重要な考え方は、私の人生観を大きく揺さぶるものであったと感じています。冒頭の通り私は自分の夢からも逃げて、何となくで人生を送ってきたような人間でした。だからこそ、今日に至るまで後悔という後悔ばかりを積み重ねており、まさしく「負け犬」と呼ぶに相応しい人生であったと思っております。だからこそ、法話を通して思い至ったことは人生を取り戻したい、自分という主人公になりたいというもの一心であり、その為にはこれから、今までネガティヴなことばかりを考えていた自分を捨てて、積極的に「これからの夢」を追いかけていこうと思います。貴重なお話をいただき、本当に感謝の念が尽きません。
この三日間の修行を無事に終えられたのは、決して自分一人の力ではなく、同期の仲間や他社の人々とも力を合わせられたことが非常に大きいと思っています。共同作業や修行を通して、人との関係性の大事さを実感できたこともまた、大きな気付きであり、得られた成果の一つです。三日間を通して学んだことと得たものを活かし、まだまだ半人前ではありますが、明日からの業務に全力で挑んでまいります。
私は天光寺で二泊三日の企業研修を終えて、三日間のなかで行った事が全て初めての経験でとても印象に残っており、沢山のことを学ぶことが出来たと思っています。
今回の研修は、正直もう少し楽なのではないかと思いながら天光寺に行きましたが、実際は思っていた何倍も辛い修行で、一日目は早く帰りたいとばかり考えてしまい、とても消極的だったと思います。
正座は長い時間行い、足がしびれて、もうやめたいと思い、周りの方をみたら全員辛そうにしていたので、もっと頑張らなきゃと最後まで続けることが出来ました。
その時に一緒に頑張ると、一人でやるよりも続けられると考えました。これから辛いことは沢山起こると思いますが、今回の研修のことを思い出すとやりきれると思います。
企業研修では3社合同で行いましたが、私の会社は女性が一人で最初はとても不安でしたが、他の会社の方に声をかけ、仲良くなれたので良かったです。
私が今回の研修で一番心に残っていることは滝行です。
滝行をやったこともなし、まだ寒いのに本当にやるのかと思いましたが、滝行を行う直前で、「もうやるしかない」と思い、水に入ってみたら予想していたよりも冷たくて痛かったです。
滝に打たれると、口の中にも水が入り、息をすることも難しかったです。
水の中に入ってしばらくすると、冷たさも感じなくなり、ただひたすら痛かったです。
しかし、途中で終わりたくなかったので、何も考えないように心を無にしていました。終わった後にはやり切ったという達成感が強く、自信がつきました。
三禮では、最後まで頑張ろうと思い行いましたが、途中で何回か休んでしまい、悔しかったです。途中休んでもう一度やろうと思い続けられましたが、全てやりきりたかったので、本当に悔しかったです。
このような体験を通じて、忍耐を培うことができたのではないかと考えています。
これから色々なことがあるけれども、以前よりもこなしたりやり切ることが出来る自信があります。
住職の講話を聞いて、自分をもっと愛するとこれからの考え方、周りへの見方が変わると思い、自分を愛そうと心がけるようにします。
また、自分だけができること、自分が誰にも負けないことが私にはまだないので、これから様々なことに自分から積極的に取り組み、見つけていきたいです。
今回、二泊三日の研修でたくさんの修行をしましたが、どの修行もそれぞれ行う意味が込められていると思いました。
私は社会人としても、人としても成長できたと感じています。
普段できないことばかりでとても良い経験になりました。ありがとうございました。
今回、天光寺さんの企業研修を受けて感じた事は、大きく2つあります。
一つは仲間という存在の大きさです。なぜかというと、私は今回天光寺さんでこの企業研修を受けるのが二回目であり、前回と今回では違うことも多かったからです。
特に違ったのは、一緒に参加した方との関係性や人数の違いです。前回は、年の近い同期や先輩と合計12名で参加しており、それに比べ今回は、10歳以上年の離れた方々でまだ出会って2ヶ月程の人たちとの参加でした。
お百度参りや滝行、三禮など2度目でも正直、しんどかったです。
それでも辛い時、頭に思い浮かんだのは、前回ともに二泊三日を乗り切った同期の姿です。励まし合うだけでなく時には指摘し合った事で、より一体感を生むことの出来た一回目に比べ、自分より年上しかいない状況に戸惑っていました。そういった事も含め今後、慣れない場面や困った時は、同期の良いところや辛かったけど乗りこえられた事を胸にしまっておけば「一人ではない」という自信もつきます。
なので前回も今回も一緒に参加した方を味方かつライバルとして大切にすると改めて決めました。
次に2つ目の感じたことですが、行動の理由などについてです。
一回目の時は何をするかも分からず指示されや事をこなしていただけだったと、今では思います。
それに比べて今回は、一度経験しているからこそ行う事の意味を考えながら参加していました。正直最初のほうは中途の人より声を出そう、とかテキパキ動こうとか自分にしかベクトルは向いていませんでした。しかし、人の為という事を意識してからは、中途の方も緊張しているだろうしひっぱっていくため誰よりも大きい声を出したり、と意識が変わりました。
意識が変わると自然と行動や表情が変わる事に気づきました。
何より人の為を思って起こす行動はとにかく楽しいです。
ただ、自己満足で喜んでいては何も意味がありません。
数値で見える結果は出づらいのが現実ですが、自分が誰かの為に動いて、相手の行動や思考に影響を与えて初めて結果につながったと言えます。
一番いいのは相手も他人を想い、他人の為に動けるようになるのが希望なので、まずは自分から与えていきます。
最後に今後自分の行動を変えていくなかで一番意識することを宣言します。
当たり前の事かもしれないけど不平不満を言う暇があったら努力する時間に変えるということです。ストレスを溜めるのは良くないけど、努力せず何も変わらなかったらその後何倍ものストレスになる事は間違いないからです。
また、今の自分があるのは過去の人含め、出会った人たち(家族、同期、上司、お客様など)のおかげという事を忘れず、常に感謝の意をもちます。
一人で大きくなるのではなく、周囲の人と支え合い、協力し合い、助け合いながら大きくなっていきます。
前回インターンも受ける前で、お客様へお礼の手紙やハガキを送る事やあいさつの丁寧さがどれほど影響するのかハッキリとイメージはついていませんでした。しかし今回は、もう一人で営業に行くようになったことからも、あいさつやお礼などの気づかいの大切さをより感じたので、当たり前になって作業化しないよう意識し、どうすれば注文につながるのかつきつめて自分自身のこだわりを持ち三月残りの稼働日の過ごし方を見直していきます。
正直なところ目標に今だ届いていない事に焦りを感じていますが、それで頭がいっぱいになるとそれこそダメになっていく一方なのでそうゆう時こそ落ち着かせるために腹式呼吸をしたり合計324回行った三禮を思いだしていきます。
私は、今回会社の企業研修で参加しました。
まず、お寺に到着すると申込書を記入し、着替え、荷物の整理等を済ませると奥に案内されます。次に、自己紹介です。一人ずつ、きちんとした自己紹介の練習を行います。出来ない場合は何回もやり直します。私は、何回もやり直しをしました。そこで私はいかに自分が未熟であるかを知りました。
次は、挨拶の作法を行いました。内容は、朝のあいさつ、就寝の挨拶や、食や行の挨拶などです。他にも、腹式呼吸や発声法、お経の練習も行いました。お経を唱えるのは初めてでしたが個人的には大きな声でよく読めたと思います。
次は、昼食です。配膳や片付けを協力しました。ここでは、日々周りの人に助けられているのかを理解できました。
これからしばらく、挨拶の練習とお経を唱え夕食となります。
そして、写経を行います。写経は正座で行い一切の私語は厳禁とされています。
久しぶりにかぐ墨の匂いがとても懐かしく感じられました。正座も普段の生活ではまずしないのでとても辛かったです。日々パソコンを使っての業務なので背筋を伸ばしているのがとても大変でした。
夜の20時には就寝です。
次の日は、6時に起きお寺の中と外の掃除を行いました。
朝食を済ませてお百度参りをしました。聞いたことはあったのですが実際にやってみるのは初めてでした。学生時代はサッカーをやっていたので体力に自信はあったのですが終わるころにはヘトヘトでした。次は、滝行です。滝行は迫力がすごくこの中に入って生きていられるのか不安でしたが周りの人の言うとおりにやったらすんなり出来ました。
昼食を済ませると住職による法話が行われます。
今回の企業研修をお寺でやると知った時に初めはお寺でやることになんの意味も見出せませんでしたが今はとても充実した企業研修でした。ここで、研修を行えてよかったです。私はこの度、企業研修として一泊二日と短い期間ではありますが、お世話になることとなりました。そもそも、研修に来た目的としては、以下の悪い性格を正すためです。
スケジュール管理が出来ず、報告書等が締め切りに間に合わないことが多いことが1つ。もう1つは先輩方のご指摘を素直に聞き入れず、実行できないことです。後者はご指摘を実行する時間的余裕がないことが原因です。その結果短い時間で済むように自分1人で進めてしまい、内容が伴っていないものを提出することとなり、つき返されてスケジュール通りに進まない悪循環に陥っていることに気がつきました。まずは1人で進めようとするガンコな性格を直すこと。そして報連相を徹底していきます。
まだ入社2年目で、経験も浅く、自分1人の力では限界があります。経験豊富な上司の言うことをよく聞き、細かいことでも報告、相談することで、少しずつでも着実に仕事を進められるようにしていきます。そのことを強く誓いながら、限界の声でお百度参りを行い、限界まで滝にうたれ、108回の三禮を行いました。
翌出社日にはまず、上司に報連相の徹底を宣言し、確実に実行します。
また、仕事を進めていく基本的な部分として細かな気くばりを教えていただきました。
座布団の置き方や布団の準備の仕方、あいさつの際のおじぎの角度等。人に与える印象を第一に考え、励んで参ります。
この2日間お世話になりました。企業研修に来る前までお寺でやることを高橋さんに聞いた時、何するかは具体的には聞いてなかったけど滝行することをきいて、とても楽しみにしていました。私は御朱印巡りでよく神社には普段から行ってたので、初めて滝行することにワクワクしてましたが、1日目の時点で、まさかぶっ倒れるとも思わず、本当に修行なんだなと感じました。1つ1つを何百回、何千回と唱えて仏様に伝わるように声を出して合掌することはとても大変で、でもこういった修行をしているからお寺の人々は守られているし、人になにか学びを与えよう、その与えられた何かで幸せになろうとするんだなと思いました。
一番最初の、「私は株式会社ルクールプラスから参りました〇○○です。出身は○○です。よろしくお願いします」っていたって普通の挨拶なのに、礼から始まって、礼で終わるその1回1回も、ササっと雑にやるのではなく、ちゃんと相手の事を思って、1回の礼に何十秒もかけて頭を下げて、相手の気持ちと相手に対して思いやることを忘れずに、当たり前のことを当たり前以上、さらに、求められている以上のことをすることが大切だととても勉強になりました。
お寺での企業研修で、こういった「仕事に対して」とか「誰かを思いやって」ということを勉強というか、先生のお話で聞くと思っていなかったので、すごく意外でしたが、今朝先生がおっしゃっていましたが、「今までと同じことをしていてもダメ」確かにそうだなーと思いました。同期12人の中で、誰かと同じことばかりやっていても、自分が1人の社会人として成長はしないし、それをよしとしている環境では12人全員がダメになってしまう。とても心に響きました。仲間とこの企業研修を受けているんだ!という意識が、自分は1人で
参加しているわけでも、1人で生きてるわけでもないんだなと改めて確認することができました。
三礼をやっているときも、「私1人が休んでしまったら、他の誰かも休みたくなって、休んでしまうと。ここで辞めたらバラバラになってしまう。」そう思ったからこそ、何度も立ち上がったけど、本当にダメな時はダメ、諦める勇気も大切だなと反省しました。
2日目のお百度参りと、滝行は、正直前日の筋肉痛で、思っていたパフォーマンスが自分の中で出来ず悔しい思い出いっぱいです。次にまた滝行に行く機会があったら、もっと滝の中で御宝を唱えられるように気合を入れてやります!
お百度参りも、ほかのチームが早くて、きっと108回出来ないと思うので、それもやり切れたらなーという思いです。
午後からの先生のお話も、久しぶりに掃除で心の鏡という話を聞いたので、また会社や学校に戻った時に、意識して掃除していきます。常に、人との縁は大切だなと感じることが多く、誓いの言葉を読んだ時も、私は「決して孤独ではありません」これを読んだ時に、本当に一人じゃない!みんなでやっている!1日目も2日目も同じことを思いました。それほど大切なことなんだなと実感したので、今後誰かが、一人で不安そうにしていたら、誰よりも早く気付いて、ちゃんと手を差し伸べてあげられる存在になります。
3日目の今日は、昨日と同じで、朝、声出しする時、本当に気持ちよく朝を迎えられたなー!と二日連続で思えたので、明日から帰ったら朝、今よりももう少し早めに起きて散歩に行こうかなと思います。ヨガは初めてやりましたが、身体がボロボロすぎてきつかったので、何でもないときにまたやってみたいなと思います。
午後から真言は1つ1つの文に仏様に対しての意味があるんだろうというのは分かるけど、どういった思いが込められていうのかなーと疑問でした。
三日目、「幸せ」って何?「生きる」って?と色々な事を考えてきて、仲間の大切さや、誰かを思いやる気持ちの大切さをとても学びました。仏様も神様も、幽霊もいると信じているし、「気を感じる」という話を今朝したりしていて、信じるも信じないもその人次第だからとおっしゃっていましたが、誰もが信じてくれることってあるのかなー、大学の先生に「科学的には証明されてないからいない」と一方的に言われて悔しかったことを思い出しましたが、忘れることにします。
今後も今回学んだ心のもち方だったり、3日間で得たことを忘れずに、仕事やプライベートに取り組んでいきます。唯一懺悔したいことは、ご飯を間食できなくてごめんなさい。今晩からは、しっかり感謝をして残さず食べます。当たり前のことを求められている事以上に取り組んで、小さなことも大きなチャンスも、しっかりつかみとって、精一杯生きていきます。
3日間お世話になりました。お寺の方々皆さん健康にはお気を付けて。
ありがとうございました。
今回、私個人としてはお寺の修行合宿という行事が初めてであったため、どのような修行が行われるのか正直不安でした。実り大きな三日間になるのではないかと思っていましたが、予想をはるかに上回る大きさでした。
まず、1日目ですが、正直1日目が肉体的なピークを迎えた日でした。膝と足に想像以上のダメージが加わり、以降行が終わる3日目まで痛みは取れませんでした。
仏に仕える仕事というのはここまで厳しいことであるということを痛感させられました。
また、一日目で自らに体が普段全く使われておらず、常日頃より、自分の身体のトレーニングをすることが必要であると感じました。また、正座をすることの大変さもまた痛感しました。正座は基本的に自身の体重が軽ければ、軽い負担であると耳にしていたのですが、今回ほど、もう少しダイエットしておけばよかったと思ったことはありません。
読経の行が開始してから30分ほどで足の感覚がなくなり、とてもではないけど、その姿勢を維持することができなくなりました。1日目の行を終えて、自分の限界を知る、我々が日々暮らしている日常は色々な便利に支えられているのだなと気づくことができました。
特に自分自身の限界を自分で越えたと思っていても、その限界を超えることができると気づけたのは、とても有意義なことであると思っています。
こういった経験は社会人として、そして人生を送っていく上で、とても貴重な事であると思います。
2日目の行でのお百度参りと滝行は、とても新鮮な経験でした。滝行はメディアなどでもよく取り上げてられており、どういったものだろうと期待しておりました。実際に体験した感想として、かなり低い水温であるということと、かなりの水圧があるということを感じました。私たちが滝行に参加したのは、9月23日で、夏の盛りを過ぎているものの、まだ汗ばむ気温が続いておりました。しかし、水温は足を入れただけで身震いするほど冷たく、骨が折れるのではないかと思うほどの水圧を感じました。実際に滝に打たれてみると、滝の音で周りの音は一切聞こえず、自然の驚異をただ自分一人で受け止めるしかないという孤独を感じました。
この行で感じたことは、究極的に人間は独りであるということ、そしてその孤独を見つめることで自身を理解することができるのだと思いました。
2日目に行ったヒーリングが、今回の行の中で一番印象に残っています。
自分自身、心霊系の本をよく読んでいたのですが、ここまではっきりと身近に見えない物の存在を感じたことはありませんでした。自分が知らなかった世界のことを知れたということはとても意味があったと思います。
3日目で一番記憶に残っていることはヨガです。朝から続いていた筋肉痛がヨガをするだけでかなり軽減したのには驚きました。
全体を通して感じたのは、日々の生活を当たり前だと思ってはいけないということです。今回の行で、生活を送るうえで避けては通れないトラブルが起こった時も今回の行を思い出して頑張っていきたいと思います。
今回二泊三日の研修合宿に来て、まず貴重品を回収し、携帯無しの合宿というものにビックリしました。その時に、私は現代っ子なんだなとまず感じました。そして、この合宿で、私は特に自分を見つめ直すことを目標とし参加させていただきました。そして、三礼をやっているときに、すぐにその時は訪れました。みんなでとても辛い三礼をこなしている中、私は仲間に対して何をしてあげられるだろう、そして声掛けをし、みんなで乗り越えていい思い出になったと感じました。その他にも、この寺でのやることは、全て新鮮で、食事の時でさえ新鮮に思えました。精進料理はとても美味しかったです。そして法話の時間や、その他の時間でも高尾先生がおっしゃっていた、「人脈」の大切、高尾先生はこのお寺が出来たことも人脈のおかげであり、このお寺に人が来るようになったのも、人脈があったからとおっしゃっていました。そして、人脈で集めて中身も良くしているこのお寺だからこそ、年間6千人もの人が来るのだなと感じたことと共に、私も人脈というものを大切にしなければならないと感じました。
その為にもできるだけ外に出て、自分から出会いを求めていくようにします。人脈が舞台と役者を作る、まさにその言葉のままだなと感じました。そして、この合宿では、本当に自分と向き合う時間が多かったと感じます。川で深呼吸をしているとき、瞑想をしているとき、様々な時に自分と向き合う時間がありました。また、向き合う時間は心を癒す時間にもなったと私は感じました。
おそらく、みんなこの合宿でそれを大いに感じたと思います。また、このグループ全員で行動し、グループ全員で成し遂げるからこそ、このチームの絆が生まれ、やりがいにもつながったと思います。正直人生でこんなにも座っている時間がきついと感じたことは一度もなかったです。ですが、この状況はみんな同じ状況、みんなも頑張っている、だからこそ続けて頑張れたと感じます。一人でやるのではなく、グループ全員でやることの意味はここにあると感じました。そして滝行では、まず、手、足、首の三点を清めて、山の神、川の神に感謝をして滝に打たれたのですが、私が思っていた何倍も滝は痛く、冷たいものでした。ですが、ここでしっかりと自分と向き合い、心と体を清めることを考え滝に打たれたことによって、とてもスッキリすることができました。そして、私は習字が苦手なのですが、写系をやる前に、これはチャンスと感じられるようになっていたのです。
今までなら、最悪だ、早く終わらせようなどと否定的な事を考えていたのですが、この合宿で、マイナスな発言をしないと決めていたので、この写経は自分にとって必要なもので、ここで苦手の事をしっかりとこなすことで、自分の中の自信になると考え、取り組むことができました。
そして、私は正直スピリチュアルなことはあまり信用していないタイプの人間だったのですが、いざ自分がこのお寺に来て、汗水流して努力をし、何事も真摯に取り組んだことによって、自分の中の「気」を感じることができたとこが、私の中でとても大きかったです。
今まで信用してなかったものを信用するようになれたことで、自分への価値観だけで動いてはいけないということも学ぶことができました。
最後にこの二泊三日の研修合宿、本当にありがとうございました。この二泊三日は私の中でかけがえのないものとなりました。自分自身をよく見直し、仲間の事も考え、あえて壁を作ることで、その壁を仲間と越えた時の喜びを体験できる場所はここしかないと思います。
そして高尾先生がおっしゃっていた「人脈」そして、「挨拶」特にこの挨拶は出来る人に、人脈が寄ってくるとのことなので、当たり前のことである、この挨拶をまずしっかりと出来るようになり、当たり前にできる大人になって自分の人生を成功に導いていけるような人になると決めた、そんな合宿でした。
本当に三日間ありがとうございました。
私はこの三日間、人生記録に残るキツイ体験をすることが出来ました。
ただこの体験は、一人では乗り切れないようなものが多かったです。
励ましあうことで、なんとか負けずにやれました。先生からのお話では、私は特に挨拶の大切さに気付かされました。単純に、普通に生活や仕事をしていて、ここまで真剣に挨拶をしたことはありませんでした。すべては挨拶で決まるし、挨拶がチャンスを呼び込むということも納得しました。
また負けないことという言葉は、ちょうど今の私の状態にピッタリな言葉でした。いつもポジティブな思考と行動をしていくことで、前向きな人になれるし、自分を負のスパイラルへ向かわせることもなくなると感じました。
滝行では、自分と向き合うとても良い時間を過ごすことが出来ました。生まれてから今までの覚えていることがあふれ出てきました。
だけども、一つとして良くない記憶が出てきませんでした。その為、滝行終了後は、こんなに恵まれているのだと感謝することを心の中で考えていました。感謝することで、1つ1つの動きが気持ちのこもったものになるのではないかと感じました。
自分自身を見つめ直す、とても充実した3日間でした。
ヨガや、座禅も自分の生活に取り入れたりして、ストレスフリーな状態を維持しようと感じました。
食事に関しても、普段好きなものを食べられていることに感謝せねばならないと感じました。しっかりと「いただきます」と言うことはとても大切な事です。
さてここで、自分の普段の生活を振り返ってみようと思います。
私は普段ストレスに対して、食べることで解消してきました。しかし、その食事のとり方によって、血圧もまだ22歳なのに高くなりつつあります。ここでは、普段と違うという時点でストレスではありますが、身体を動かしたり、声を出すことでストレスを解消できていました。運を動かすと書いて運動ですが、本当にその通りだと感じました。
適度な運動は私にとってですが、大切なことであると思いました。
また掃除に対しての意識が変わりました。掃除をすることでそれが自分の心もきれいにしているという点です。一つ一つの基本的な行動に対して、こだわりを持ち、感謝した行動を実施していきます。
今回は企業研修で参加いたしました。社会人になってから肉体を酷使することはほとんどなかったので、3日間の修行はかなり辛いものでした。出来ればもう2度と参加したくないので、今後は日常生活でも、適度に体を動かし、自分自身で体力や健康に気を付けて行きたいと思います。
ただ、参加したことはとても有意義なことでした。スマホやテレビが禁止されている環境、肉や魚を摂取しない精進料理のみの生活というのは、なかなか経験できるものではありません。
3日間厳しく、そして優しくご指導いただいた住職をはじめとする皆様に感謝致します。
特に辛かったことは、初日の三礼でした。来た時のままの服装で行ったということもあり、汗をかき、膝には水ぶくれができ、本当に苦しかったです。あの苦しみはここ数年の中で3本指に入るほどの辛さでした。
次に辛かったことは、2時間、般若心経を唱えたことです。座って唱えるだけの作業に思えて、腰は痛くなり、のども痛くなり、かなりの苦痛でした。
どれだけ辛い修行だったか、あげていくとキリがありません。
辛い修行の中、1つだけ自分で「これはやり遂げる」と思って達成したことがあります。光明真言を千回唱えるという修行で、一度も足を崩さず、正座し続けたことです。
何か一つでも忍耐強く成し遂げたいと思い、目標を定め頑張りました。
この研修に参加している、他の11人のうち、8人は初対面だったため、最初は不安に感じていましたが、最終日には打ち解けることが出来てよかったです。
4月から彼らたちと働くことが楽しみになりました。
一つ、みんなと比べて得したことがあります。早起きした際に、仏様のお水を交換する作業を手伝えたことです。今回の研修ではあまり自由時間もなく、館内をいろいろ見たりする時間はありませんでしたが、朝の静かな時間に、一体一体の仏様に向き合い、手を合わせることが出来たのは、貴重な時間だったように思えます。
今日は、「もう2度と来たくない」と思っていますが、もしかしたら、今後何かに迷い、壁にぶつかり、自分を見つめ直したくなる日が来るかもしれません。
その時には、この3日間のことを思い出し、このお寺にもう一度お世話になろうと思います。
この度は貴重な体験、そして皆様のお時間を頂きありがとうございました。
教えていただいた「心のもち方」を常に心に、これから出会うたくさんの方々に感謝しながら、今後の人生をより深く濃いものにしてまいります。
今回は企業研修という縁で、こちらで修行させていただきました。この三日間は初めての事ばかりで、気を抜く事が大切だと言われつつも、完全に抜く事は出来ませんでした。過去の経験上、普通の道から一度外れたことがあるため、他の人よりも劣っていると感じている部分が多くありました。
今回、3日間を通して、幸せになるための生き方のヒントを教えていただき、苦しかった中に、たくさんの幸せを見つけることが出来ました。
一つ目は、「運動」です。私が一番苦手としていることであり、最小限にしてきた部分でした。お百度参りや、滝行、三礼など、体力のない私にとっては、苦しみしかありませんでした。しかし、「運を動かす」と聞いた瞬間、そうだったのかと、もったいないことをしていたのだと気付きました。行動をすることが、まさに大切なのだということ、そのためにしなければならないのが運動。社会に出る前に、自分から運を遠ざけていたことに気付いた為、今後も、運動することは大切にしていきます。
二つ目は「仲間」です。友人付き合い等、苦手ではないのですが、時に言いたいことを言えない、信じたいけどどこまで信じればいいのか、5年間悩んできました。
しかし今回の苦しい修行には、必ず仲間の支えがあり、ここまで応援してもらっているのに、信じきれなかった自分に腹が立ちました。何より、私自身がみんなに信頼してもらえる人間になりたいという意志があったのにも関わらず、真逆の考えをしていたのだと気付きました。自分が苦しい時に支えて応援してくれたみんなに対して感謝と信頼を忘れることなく行動できる人間に変わりたいです。
三つめは、「一人もかけてはならない」今回同期が後二人来る予定でしたが、都合があるとのことで全員揃いませんでした。目的を達成することはもちろん大切です。しかし、一期生として、みんなで会社を作っていくんだというときに、一人でもかけてしまうと、こんなにも気になって、今後どのようにサポートしていくべきなのか、頭から離れませんでした。
みんなでやる事の意味を知る、良い機会になりました。ルクールプラスでは、全員で考え方が違えど、目標を達成委することにこだわっています。誰一人として、自分が必要ではないと思わないように、周りを見るように心がけようと思います。
一日一日苦しい思いをしましたが、結果としてやり切った達成感と発見をたくさん見つけることが出来た三日間でした。ありがとうございました
私が研修を通じて、学んだ事は社会人としての心得です。
この、研修でまず初めに行ったのは挨拶です。
挨拶といっても通常の挨拶とは異なり腹の底から声を出し礼儀正しい挨拶のことです。
続いて、三禮を行いました。これは、精神的にも肉体的にも限界まで追い詰められました。
体力には自信があったのですがこれは本当に辛かったです。
滝行は、想像していたよりも辛く入った瞬間に出てしまいました。ですが、修行は限界まで行ってこそ本領を発揮すると思いもう一度入りました。とてつもない勢いの水で呼吸が困難になるほどでした。時間にしたらとても短い時間でしたが私の中ではとても充実していました。自分が限界まで達した時に自分自身を見つめ直せたような気がしました。
写経では、心を静められました。筆を持ったのは本当に久しぶりのことで墨の匂いが懐かしく感じられました。初めは、うまくかけずもどかしかったけれどだんだんと精神統一できたような気がしました。
私は、こうした修行の中で感じたのは忍耐力の大切さです。自分の限界に挑戦することで様々なことが分かりました。あと、社会人と学生の違いを思い知らされました。社会は信頼でできているのだなと痛感しました。これから、学生気分を抜いて社会人としての心構えで仕事をしていきたと思いました。
私は種尾牛センターで働いてまだ2カ月しか経ってなく、働き始めた時は不安でいっぱいで今も私は上司の人たちのように今後働いていけるかと思うとまだ少し不安です。
けれど、そう思っていた時にお寺の研修に行くと聞かされて「会社でこんなことするんだ」という気持ちもありましたが、お寺の研修で今の不安ばっかりの私を変えられるんじゃないかと思い楽しみになってきて、初めてのお寺に行くということもあり、どんなことを学んでどんなことをするのかと思うとさらに楽しみになってきました。
天光寺に来て説明を受けるときは正座で、慣れていない私はとても足首、腰が痛く大変でした。挨拶の作法や合掌の仕方はやっぱしお寺なのでしっかりしているんだと思いました。
その後には南無大師遍照金剛光明真言般若心経を読み、漢字ににはフリガナがふってあったが、イントネーションが違うのもあり、見て読むことすらも難しいと感じました。
三禮をやったのですが、1セットで2回目までは手を下げた時に返すんですが、3回目で手をにぎり合掌するということや三禮している時に言うことも難しく覚えるのに大変でした。
昼食は野菜が多めでとても健康的でした。私は冷凍食品やインスタント食品で済ませてしまうことが多いこういう昼食も良い経験だと思いました。
昼食が終わって準備、説明を受けお百度参りと川行を行いました。
お百度参りはコンクリートの上を素足で走ったので足の裏の皮がめくれてしまってとても痛かったです。けれど、お百度参りをしたので南無大師遍照金剛と言えるようになっていたので良かったです。
その後には川行をしました。川行を行う前にお祓いと顔3回、胸3回、両肩3回川の水をかけて最後に桶に川の水を入れ、頭からかけたのですが、とて冷たく入れるのがと不安になりましたが、いざ川に入って時間がたつとだんだんと冷たさにも慣れて「出ていいよ」って言われるまで我慢してやろうと思い最後まで我慢することができました。
川行が終わると般若心経を50回読みました。
まだ見なくちゃ言えませんがある程度イントネーションや次はこの言葉が来るということが分かってきました。50回は辛かったですが、良い経験ができました。
三禮を3回1セット108セットとやりましたが、本当に楽しかったです。
60回くらいの時に三禮のやり方を間違えていてもう一回しっかりと教えていただき最初からやることになりました。途中何度も足がガクガクになり倒れてしまいましたが最後までやり遂げることができました。
そのあとに晩飯を食べたのですが、家では食べないような物がでてきて、天光寺でいただいた料理を少しは取り入れて家でも似たような健康的な料理をできるようになろうと思いました。
2日目の朝はスムーズに起きることができて遅れずに朝礼に間に合うことができました。
朝から清掃して広かったが、3人で協力できたので大変ではありませんでした。
声だしは大きな声を出せてました。とても集中してできたと思いました。
十三佛真言を読んだんですが、またまた難しく覚えるのが大変でした。けれど、覚えようとするには集中力が必要なので、瞑想声出し十三佛真言を言う事により集中力が少しは上がったと思いました。
気行とお百度参りではお百度参りは1日目にもやったのですが、足裏がとても痛く最初は全力で走れていたのですが、徐々に遅くなってしまったのが1日目よりは大きなことを出すことができました。
滝行では滝までに行く道のりが長く足の痛みに耐え滝まで行きました。
初めてする滝行なので川行のようにできる限り入ってやろうと思いました。
私の番が来て、川行よりも水が冷たく感じて最後までやれるかと不安でしたが、法話で聞いたことで我慢は大切ということを思い出し、無事5分くらい滝の中に入っていることができました。
とても冷たく肩をたたかれている感じで辛かったのですが、滝行を乗り切れたので私は少しは我慢する面で成長できたんではないかと感じました。
写経では一文字一文字に時間をかけてゆっくりと書きました。普段文字をこんなに丁寧に書くことはないので、心を落ち着かせることができました。
私は天光寺を2泊3日してたくさんの事を学べました。
大きな声を出す、集中力が来る前よりは上がったり、積極的な考えができるようになったり、我慢ができる精神力が鍛えられました。
私はこの天光寺の研修で色々な人と修行や務と取り組むことで苦手だったコミュニケーションをとるということをできるようになり、自分に自信がつくことができました。
私は今年から社会人となっていろいろと不安なことがありましたが、天光寺では社会に出てから使うととても重要なことをいくつも教えてもらいました。
この2泊3日はとてもいい経験ができたと思っています。本当にありがとうございました。
今回、第一回半期ノルマ未達でこのような行事に参加させて頂きました。
来る前は、いくつか案件があり参加を拒んでしまいましたがノルマは○○だというこを忘れ自分の中の甘えを出しておりました。いざ、お寺での修行が始まるとつらいことや
苦しいこと、非日常的な生活で新鮮で心が磨かれていくような感覚に落ち入りました。
ただし、お寺の中はストーブがついているものの非常に寒く普段の生活がどれだけ豊かを思い知らされました。食事も普段食べているようなものではなく、美味しかったです
が、質素なご飯でした。そのため、より普段の生活がよいか心の底から痛感致しました。
普段の普通の生活をするには、やはりお金が必要です。お金を稼ぐためにこの会社に入社致しました。現状、今期立てた目標は全く逆の方向に進み結果を何一つ出せておりませ
ん。その結果を出すにも、今のところやるきさえあればどうにかなるたち位置です。
今回、修行を行いこのようなことはもうしたくないと思いましたし、また自分がコミット数字をやらなければ信頼も得られません。なのでまた明日から気合を入れ直して
仕事に取り組みます。今までなんとなく甘い考えがあるなと感じておりましたが、今回ではっきりと理解ができたので妥協を捨てストイックに精進して行きます。
この、企業研修を受け今まで自分に甘えていた所が多く人任せにしていたり、できるのに挑戦しない自分が良く分かりました。
嫌な事から逃げ続けたツケがこの二日間だと思っております。
厳しい辛い事もこの研修に比べたら簡単だと思い直し今までの自分に後悔しています。今後、後悔しない為にやるべき事をやる事。結果、過程から逃げない事を実行します。
皆の目標は幸せになる事がほとんどで私もそうです。幸せになる為に仕事をしてお金を稼ぎます。その為に日々の営業、アポイントから契約を出していきます。
もう、この研修に来る事が無い様に日々の業務を気持ちを入れ替えて行っていきます
この研修のお陰で様々な事に気づけました事、このような研修をご用意して頂けた事、誠にありがとうございました。良い経験となり良い刺激となりました。
滝行を通じて。
私は今回三通のノルマ未達により、この滝研修に参加させて頂きました。
今まで私は、仕事もプライベートもまたこれまでの人生すべてにおいて中途半端であった気がします。何か自分の中で限界を決めてしまっておりそれによりある程度の
ところであきらめていました。それはとても楽なことですが結果としてそれなりの結果やそれなりの内容で終わってしまっていました。この会社に入社をする際も自分のために
頑張りたい、稼ぎたい、もっと成長したいという気持ちがあったのにも関わらず今となっては今日この日まで忘れてしまっていました。まさになまけた毎日を送っていました
しかし、今回の研修でそういった日々の積み重ねが自分をつくるのだと感じました。社長がいつも選択するのは自由。毎日が選択の繰り返しっとおっしゃっておりますが
本当に普段の選択が自分をつくり全てが自己責任なんだと思いました。また、限界は自分が勝手に決めているだけでどれだけでも越えることはできます。
同じ限られた時間の中で、みんな働いているのであれば最高のパフォーマンスをして過去の自分の悔いのないような生き方、働き方をしたいと思いました。
いつも、おっしゃっている過去は変えられない。
未来も今の自分の行動、言動でできている。
変えられるのは今現在だけであると強く意識しました。
今回の貴重な研修をしっかりとこれからの行動に活かし変えていきます。
今回の研修を参加させて頂くに至り、二つの目的が私の中にありました。
まず、最近私自身が数字を上げられていなかったので、自分の仕事を何のためにして
いるかという、目標の再認識。二つ目に、自分の行動、言葉を変えていかないといけない面があるので、自分の意識を変えるきっかけのために参加しました。
一日目の研修では、自分の気持ちを引き締めることができました。挨拶や読経を大きな声でしっかりとやる研修を行いました。その中でも三禮と
いう研修が一日目で一番きつかったです。途中止めたいなと思うことがありましたがその甘えを捨てたいという気持ちで参加したので、諦めず最後までやり通すことが
できました。
二日目は、掃除から始まりました。雑用などのことも、積極的に動くと決めていたので、そこで積極性を出しました。次にお百度参りを行いました。
毎日しっかりとお経を唱えたのでご利益があると信じています。そして、今日の研修の主役の滝行をしました。
凍える程の寒さでやる前から正直、心が折れてしまいそうでした。しかし声を出し
自分自身を奮い立たせて滝行に向かいました。結果、今回の研修メンバーの中で一番長い時間、滝の中に入ることができとても嬉しかったです。それに加えて、気遣いと
根性の大事さも改めて実感しました。その後、住職から今後の人生や仕事面で役に立つお話を聞き研修が終了しました。
そのお話、研修を通して学べたこと、今後どのように活かして行っていくのか記載しておきます。まず「思考が人生を作る」ということの再認識です。
売れていない時は、毎日自分で自分自身を責めてしまっていました。その思考が悪い流れを生み出してしまっていたと思います。もう自分を責めるのは
止めます。 良い言葉を自分に投げかけます。そうして、良い流れを持ってきて人間力や売れるマインドにしていきます。
次に積極的に「生きる」ということです。滝行でもそうでしたが、自分から積極的に挑戦していけば良い人生を送れると思います。住職からも、お話しがありましたが
何事も責めていき積極的に行動していき自分の道は自分で切り開いていきます。
この研修を通じて、精神力と忍耐力を再度気づかされました。
たくさんの修業があり共通しているものは、とにかく全力でやりきるということを実感しました。普段の営業でもどこかやりきれていないところがあり今の結果になって
いると思うので、これから飛び込みでも交渉でも日常生活でもまず挑戦をしてそのうえで自分で限界を作るのではなく、全力でやり抜いていきます。
この二日間の中で、色々なことを体験させていただきました。
その中で一日目と二日目で印象に残ったこと、どう仕事に活かせるなと思った行事があります。 まず、一日目に行った三禮というものは、体を使うもので
立って座ってを3回1セットを全員で100セットという目標の中で出来る人もいればそうではない人もいて、営業の数字やノルマに似ているなと感じました。
ただ、絶対に無理な事ではないですし、今回の三禮のように何としてでもという部分で気持ち的な要素が強いなと感じました。
二日目では滝行を行いかなり精神力と忍耐力をためされました。自分の限界は考えずにただひたすら大声を出しながら滝に打たれてかなりきたえ
られました。この2つは今後の人生でも忘れられない精神面の原点となりますし、今後の数字を出すための糧に必ずなるなを感じています。
この研修に参加させて頂きまして本当にありがとうございました。 今後はしっかりと数字で結果を出していきます。
私は、26年間生きてきて感謝を周りの方々にしっかりと伝えていなかった事に気がつきました。いつも、口では言葉にしているが行動が中々できない。
「ありがとう」は口にすることは多いが、心から感謝して私から何かを他人にしてあげることが少なかった。
ずっとお世話をしてくれてきた方にも、私は突然連絡を取らなくなる等、失礼なことばかりしている。もし、今まで連絡を絶やさずにしっかりと感謝を伝え続けて
連絡も細めに取っていれば私の人脈はもっと広がっていたかもしれません。
人脈は、私自身の人格を今後作り上げていく一つの材料になります。その事を意識して人と人との繋がりを大切にして連絡を絶やさず、
何かあったら感謝の言葉を伝え良い人脈を今後は増やしていきます。 今回の修行を通し、人は凄いと改めて感じました。
極寒の仲、パンツと一枚の修行用の服で外に出てお百度参りというものをしたのですが、当初は非常に寒く足は裸足でコンクリートの上にいるので
とても冷たくて、この中一時間歩き続けるのは中々の苦行だと思ったのですが、少しすると感覚がマヒしてしまい、冷たさを感じなくさせる事が出来ました。
また、滝行でも氷が浮いて流れていた滝つぼに入るのですが、最初の内は「あ!死んでしまう」と思ったのですが、数秒でなれて、3秒程でまた「死ぬ」と
と思いましたが滝を出たら、外が急に暖かく感じることが出来て太陽の温もりも感じることができて、普段だったら太陽の陽に感謝などほとんどしてこなかった
のですが、太陽のありがたみも感じることが出来ました。人はやれば何でもなれて出来るようになるものだと改めて知ることが出来ました。
今回は目標未達成ということで修行に参加した形でしたが、次回は達成しても参加させて頂きたいです。入社し数々の研修などに参加をさせて頂き、経験も
させて頂き、多くの学びを頂けた事、社長に感謝致します。有難う御座います。
20代前半が中心の若いITベンチャー企業数社から経営幹部が集まり、今回天光寺様で2泊3日の合同研修を受けさせていただきました。
今回参加したメンバーは就職の経験を経ずに大学在学中から起業したメンバーだったので、並大抵のことには負けないぞ、僕らは他の同年代とは違うんだ、というスピリットと意識を持つメンバーでした。
でした、と過去形なのは、並大抵の事には負けないという意識も、そのスピリットも、今回の研修で全て勘違いだった事、僕らがいかに自分に甘い人間だったかをありありと感じさせられたからです。結論から言いましょう。若手の経営者や経営幹部は、合同でもいいので天光寺様で企業研修を受けるべきです。ただし、めちゃくちゃキツいです。そこは覚悟してください。本気で変わりたい人だけ、天光寺様での研修をおすすめします。
なぜなら、天光寺様での研修は1番最初の自己紹介の段階から研修(というより修行)が始まっていて、この時の声が小さかったり、モゴモゴしていると何度でもやり直しが入ります。あと、礼儀作法がなっていないと、ここで指導が入ります。僕たちはよく考えてみたら就職というスキームを踏まずに経営者になったので、こういった社会の基本というところがよく分かっていませんでした。ここで、その礼儀作法についても指導をいただきました。
人によっては出来ないことをスルーしがちな人もいると思いますが、ここでまずその甘い精神では研修を乗り切れないということを身体で覚えることになります。
ちなみに、天光寺の方の声はご住職さんを筆頭に皆さんとても声に芯があるというか、ライブ会場や野外フェスなどで感じるウーファーの音とはまた違う、神々しさを感じる様な感じです。頭の先から入ってきた声が、そのまま身体を突き抜けて尾てい骨がビリビリと振動するようなイメージです。そして声出しについても、腹から声を出すと教えてもらうのですが、無理に喉から声を出そうとすると当然声が枯れるので、僕たちは自然に腹から声を出す、ということを覚えました。礼儀正しく、腹から声を出すという経験はとても新鮮で、この時点で「めちゃくちゃキツいけどめちゃくちゃ気持ちいい!」と感じていました。
その後も声出しは最終日まで続きましたが、とても心地よかったです。
その他にも食事も修行のうちで、協力して準備や後片付けをしたり、南無大師遍照金剛(なむだいしへんしょうこんごうと読みます)という真言を500回読んだり、般若心経を100回唱えるという研修を経て、普段の仕事やビジネスでは比べ物にならないくらいの心地よい疲労感を覚えて毎晩眠りにつきました。そして、特に印象に残っているのは滝行とお百度参りです。どちらもよく聞きますが、実際にやってみると全身色んな所の皮はむけるし肺は痛くなるし、呼吸も苦しくなるほどですが、その分だけ何事にも負けない「一本筋の通った人間」になれるような気がして、不思議と受け入れることが出来ました。
また、時間も6時起床の22時就寝が基本で、夜型生活の僕達にはとてもつらかったですが、自然と同化して日が登った時に起き、日が沈んだら寝るという人類のリズムに沿った生活が、都心での仕事で疲れた身体を本当の意味で癒やしてくれた気がします。
身体はつかれるのですが、魂がどんどん元気になっていくというか、とても不思議な経験でした。
最終日にはご住職さんから法話ということでお話を伺い、これからのヒントもたくさん頂きました。
ちなみに2泊3日の間、パソコンやスマホ、ガジェット類は一切触れません。
つまりIT系の業種の人は、仕事から一切シャットアウトされることになります。それがまた本当に心地良いというか、リフレッシュになりました。
最初の数時間はメールもラインもチェック出来ないし、SNSもチェック出来ないので不安で仕方なくなるのですが、先程書いた声出しのあたりでもうそういう心配は8割くらい飛んでいきます。一日目の就寝時には、完全にインターネットから切り離されても大丈夫(というか、ネットの事を考えている余裕がない)という状況になります。
最終的にこの研修が終わったあとは、研修に参加した全ての人間が達成感と連帯感に包まれ、泣いて天光寺様の方にお礼を言っている人も居ました。
本当にこの研修に参加して良かったです。この度はありがとうございました。
法話の中で教えていただいた「あのお話」、絶対に忘れません!
天光寺の研修で、今まで体験したことの無い経験ができました。般若心経を百回繰り返す「行」で、担当の方が「こう言った、辛いように思うかもしれない行うことで、普段の生活に戻った時、新たな発想が生まれる」と、おっしゃっていました。直接自分の人生に活かせるかは分かりませんが、こう言ったことを一つ一つ一生懸命取り組むことが、大切だと思いました。
さらに、法話では「何事においても、積極的に生きるか消極的に生きるかで、運や人生が変る」とも、おっしゃつていました。
普通の生活や仕事でも、積極的に一生懸命に取り組み、今までの人生は学校や家庭といった周りの環境からチャンスを与えられることが多かったと思いますが、これからは自分で感じて掴めるようにならなければ、ならないと思いました。
その上で、ものごとの優先順位を見極め、これから自分が関わっていく組織で、自分のやりたいことや遣るべきことだけでなく、周囲の人が困っていることや遣りたがらないことを行い、属している組織にプラスの存在となれるように、行動していきたいと思いました。
もう一つ、法話の中で消極的な言葉は、使わないようにすると有りました。消極的な言葉は、人を傷つけたり失望させたりと、良くない影響を与えます。逆に、人に喜びや勇気を与えられるような言葉を選び、これから先の社会に出て生きていく上で、そういった朗らかに感じられるような言葉を、使っていきたいと思いました。
この二日間の研修で得られたものを、これから活かせるように忘れずに、生活していきたいです。
入社して一年経ち各営業所から集まった同期と共に、天光寺での社員研修を行いました。先輩に研修内容をききましたが、聞くだけでは解らず体験しないと、苦悩も感動も人それぞれなので、解りませんよと言われてしまいました。
そして、総勢13名(三泊四日)の企業研修が始まり、天光寺の本堂で挨拶をしてから研修内容の説明があり、服装を研修で着るものに交換して、研修の始まりです。天光寺での研修で始まりがある挨拶は、通常の挨拶ところなり、声だしと言うものから始まりしかも礼儀正しくしなければならないもので、初めは驚いてしまいました。
発声は喉から出なく腹から声を出すと言われましたが、初めは解らずやたら喉が痛くなり困りました。続いて、三禮を行い精神的にも身体的にも極限を味わうことになり、物凄い研修が始まったと
身震いしました。さらに、お経の朗読や「南無大師遍照金剛」と言う、基本中の基本を身体に叩き込みました。滝行でもお百度参りでも、食事の初めには唱えなければならない大切なものだけに、暗記することが決められました。
私達の企業研修は、研修できる時間が有るので、お経にしても三禮にしても十三仏真言を、徹底して研修の中に入り込んでいました。
中には、ゼイゼイ吐息を荒立てる者も居ましたが、団結心と愛社精神から全員で頑張りとおしました。研修では個人も大切ですが、団体行動も大切な物になっていますが、積極的な心や自己啓発なども含まれた研修でした。
住職の法話では、自己啓発以外に積極性や思いやりや、向上心や決断力もついてもお話をきけたので、人生において素晴らしいことになりました。
「御宝号」の「南無大師遍照金剛」を500回唱える修行や、「光明真言」を連続で1000回唱えた時は、身震いしてしました。
瞑想では、反省や懺悔や感謝をテーマに瞑想しました。お香と薄暗い本堂と自然な音楽で、心の中まで癒され、日常生活から解放されました。
早朝6時に今まで起きたことが無かったり、夜の10には寝るので初めは戸惑いましたが、これが人としての基本時間の動きと聞かされ、なるほどと思いました。
今までの不摂生を改めて、これからは仕事に生活に目的意識を持って、活きて行きます。
学校では習わない、新鮮な学びや体験が有り有意義でした。
天光寺の研修は今年で3回目と聞きました。
なぜ、このような遠くまで時間をかけて研修に来るのか、とても不思議に思っていました。
天光寺に到着、申込書に全員で記入し、荷物を更衣室置き、行衣に着替え本堂に戻り全員正座で待機していました。暫くすると住職が現れ、あなたは自分の人生において「主人公になれていますか?」それとも「負け犬になっていますか」どちらですか?と尋ねられて一瞬返事に戸惑いました。この住職の言葉が非常に印象に残った。自分の人生だから、それなりに自分らしく生きてきたのではないか、と思っていた。住職から常に積極的な心を持っていますかと尋ねられた。常に「積極的な心」があったかというと、自信を持ってそうだと言い切れないことに気が付いた。
自分の人生好きなように生きたい。しかし、自分の思い通りにはならないことに気が付いた。今回の研修も会社からの指示で参加したのであり、自分の意思は欠けていた。そんな中で聞いた住職の法話には思わずハッとするものがあった。自分の人生の主人公となる為には「積極的な心持たなければならない」合宿一日目に気が付くことができてよかった。
ここで臨んだ各修行で、積極的に向かい、強く達成感が得られたのがお百度参りと滝行である。
お百度参りではお参りをしている他の人に対する応援の掛け声をかけたが、声が出ず、仲間が一生懸命に行を行う姿を見て、徐々に大きく声が出せるようになったと感じました。
また、お百度参りを終了し部屋の中に戻ってくる人の表情は大変清々しく、寒さや疲れなどが見受けられなかった。それを見て、より一層、行への期待が膨らんだのを覚えている。行を終えると気持ちもスッキリとし、気乗りしなかった滝行にも臨めそうな気がしてきた。
滝行では険しい山道を登る中で、妙に興奮していた。滝に打たれる人を見て少しひるんだが無事にやり切ることができた。
これらの行で気付いたのが、積極的に行動したときに得られる達成感はとても大きかった。これからの人生において積極的に生きて主人公になるように努力します。貴重な体験有難うございます。
一泊二日の天光寺での研修を受けてみて自分に足りなかったもの、新しく気付くことがいくつかありました。
その中でも最後の法話でもありました「今までの人生を振り返って」という内容での、今だからわかる反省すべき点という所で考えさせられました。
誰でも辛い事、大変な事は嫌な事であり、できれば避けたいものだと思います。
自分はそういった嫌なことから目を背けてきたんだなと今回の研修を受けて気付かされました。
振り返ってみると何かを始める前、始めてすぐなどに我慢しがたいことがあると自分を追い込むことが足りなかったです。
また、やらないのと出来ないのでは違いは大きく、意味合いとしては全く違います。
なのでこの研修を機に何事もまずやってみる、自分の先入観を捨てて、やってみてもダメでも諦めずどうしたらいいか、そこまで行動に移す、そうでないと今までの自分に対する「自信」というのもないままだと思いました。
自分に自信が無いのは努力が足りない証拠。努力が足りないのは自分に甘い証拠。研修を通じて心身ともにそう感じさせられる、そんな研修でもありました。
それともう一つプラスして頑張っていきたいと思うことがあります。
それは先程書いた内容の一歩先です。自分自身今までと違い行動に移していき、良い事ももちろんですが自分が行動たがために嫌な事、辛い事が起こったとしても決して「後悔」をしない。自分自身で「限界」を決めつけて諦めない。
辛くて諦めそうになったしまった時、今回の研修で体験し学んだ事を思い出して、一つ一つ小さな事でも達成して良い結果に結びつけ、それを日々意識し研修を受ける前の自分よりも何倍も成長できると思います。
自分が研修の中で一番辛かったのは三禮です。
体力には個人差があるので人によって辛さなどの感覚は違うとは思います。終盤になると疲れて身体も痛く、徐々に動かなくなってきていました。
それでも身体が決して動かなくなるわけではありません。
正直すごく疲れて、自分でも頑張ったつもりではありましたが、いざ終ってみて本当に100%の力を出し切れたか考えると、所々、足を止めてしまった事。細かい部分、追い込んでやりきること事ができませんでした。今後辛い事があったら「三禮」を思い出して限界を決めつけず行動し日々成長していきます。私は休日にもなると神社やお寺で御朱印帳を頂いたり、近郊の低い山へトレッキングしたりとしておりますので、自然の中のお寺に行けることもあり楽しみにしておりました。会社から30名ほど参加する人のほとんどは同期や同僚でしたので、ちょっとした修学旅行のような気持ちで参加しました。
結論から言いますと2泊3日の研修はとてもつらかったです。が、私はつらいとは思いませんでした。つらかったのですが、気持ちの持ち方を変えると楽しく過ごせたという言い方のほうがしっくりくるかもしれません。
例えば、修行の中には真言を連続1000回唱えるといったものがありました。どうしてそれをしなくてはならないのかと考えながら修行をすると苦痛だったのですが、途中から今は目の前の修行に一生懸命打ち込もうと決めて行うようにすると、意外と楽しく取り組むことができました。
結構辛そうにしていた同僚に、「集中するといいよ」と教えてあげたところ、帰りにお礼を言われました。集中している間は時間があっという間に過ぎるるのと、集中することによって試行錯誤しながら、前向きに取り組めるようになるのだと感じました。
ただ、このような長時間何かを行う修行は集中すればいいのですが、滝行は集中してもつらかったです(笑) 水が想像以上に冷たいのと、水量が想像以上に多いです。それもつらいのは最初だけで何回かやるうちに慣れました。
普段やらないことをやるのは苦痛です。でも、しなくてはいけないなら、いやいややるのではなくて楽しみながらやる工夫をすることが大切だと思いました。私の場合は集中する事でしたが、そこはみなそれぞれ違うんだと思います。
楽しく、辛く、目新しい経験をさせていただいた皆様に心よりお礼を申し上げます。
ありがとうございました!
新入社員研修が天光寺で行われるということで、参加への期待半分、恐れ半分で当日を迎えた。たまたま天光寺の修行に参加したことのある知人から、厳しいことは聞かされていたので、十分に気合を入れて行った。が、その気合は何度も挫けそうになった。
まず自己紹介と挨拶から徹底して指導され、何度もやり直しをさせられた。お経を唱えながら立ち座りをくり返す三禮は、とくにキツい。スクワットを行うのは、高校の部活練習のとき以来で、すっかり体がなまっているのを感じた。真言を連続で唱える行は、すぐに何回目なのかわからなくなった。言葉の意味もよくわからず、ただ遅れずについていくことだけに集中していた。途中から、永遠に唱え続けているような錯覚さえし始めた。
大変な修行だったが、こういった体験は自分ではなかなかやろうとは思わないので、今回参加させていただいてよかったと素直に思う。滝行やお百度参りなども、普通に生きていれば経験することはないだろう。自分にとっては、一生に一度の忘れられない思い出になった。
大学の4年間は遊びほうけていて、受験勉強のときに培った忍耐力も忘れていたし、就職先が決まったことで完全に気がゆるんでいた。しかし社会人になる折に参加したことで、この4年間のたるんだ生き方を叩き直されたように思う。今回の研修には何度も意気消沈しそうになったが、その度に、負けるものかと自分の心を奮い立たせて乗り切った。
またこの社員研修で、仲間が一心となって物事に取り組むことの尊さというものも実感できた。他の新入社員たちとも、ただコミュニケーションをとる以上の一体感を得られたと思っている。そう感じたのは自分だけではないだろう。
挫けそうなときに励ましたり励まされたりしながら、助け合って研修を終えた体験は、必ず今後のチームワークにも活かされると信じている。社会人になるにあたり、今回の研修で培った忍耐力とチームワーク、そして何事にも立ち向かう心を忘れないようにしたい。
天光寺の研修は今年で3年目と聞きました。
なぜ、このような遠くまで時間をかけて研修に来るのか、とても不思議に思っていました。
天光寺に到着、申込書に全員で記入し、荷物を更衣室置き、行衣に着替え本堂に戻り全員正座で待機していました。暫くすると住職が現れ、あなたは自分の人生において「主人公になれていますか?」それとも「負け犬になっていますか」どちらですか?と尋ねられて一瞬返事に戸惑いました。この住職の言葉が非常に印象に残った。自分の人生だから、それなりに自分らしく生きてきたのではないか、と思っていた。住職から常に積極的な心を持っていますかと尋ねられた。常に「積極的な心」があったかというと、自信を持ってそうだと言い切れないことに気が付いた。
自分の人生好きなように生きたい。しかし、自分の思い通りにはならないことに気が付いた。今回の研修も学校からの指示で参加したのであり、自分の意思は欠けていた。そんな中で聞いた住職の法話には思わずハッとするものがあった。自分の人生の主人公となる為には「積極的な心持たなければならない」合宿一日目に気が付くことができてよかった。
ここで臨んだ各修行で、積極的に向かい、強く達成感が得られたのがお百度参りと滝行である。
お百度参りではお参りをしている他の人に対する応援の掛け声をかけたが、声が出ず、仲間が一生懸命に行を行う姿を見て、徐々に大きく声が出せるようになったと感じました。
また、お百度参りを終了し部屋の中に戻ってくる人の表情は大変清々しく、寒さや疲れなどが見受けられなかった。それを見て、より一層、行への期待が膨らんだのを覚えている。行を終えると気持ちもスッキリとし、気乗りしなかった滝行にも臨めそうな気がしてきた。
滝行では険しい山道を登る中で、妙に興奮していた。滝に打たれる人を見て少しひるんだが無事にやり切ることができた。
これらの行で気付いたのが、積極的に行動したときに得られる達成感はとても大きかった。これからの人生において積極的に生きて主人公になるように努力します。貴重な体験有難うございます。
この度は弊社の新入社員研修を、お受け頂き誠にありがとう御座いました。この研修を通じて多くの事を学びました。今回新入社員と共に研修に参加させて頂き、心を新たにすることが出来るような気がします。社会人になってちょうど三年年目になり、多くの仕事を任されるようになりました。私は様々な理由で両親からも恩師や友人からも甘やかされて、育ってきました。同じことを何ども失敗してきました。それが社会人になり、一つ一つの仕事に責任を持つことを学び、どんな仕事にも全力で取り組んできましたが、この研修に参加するまでの数ヶ月間は、やっても、やっても仕事が終わらず、時には会社を辞めたいなぁと思うこともありました。
そんな中、参加した今回の研修ですが、特に私の心に残ったのは「マイナス」の言葉を吐き続ければ、その言葉が体内にインプットされ、魂を支配すると言う住職の言葉でした。仕事がいかに大変でも、マイナスの言葉を吐かないように努力します。仕事に追われていると、友人や可愛い後輩に厳しい態度で、接してしまったりすることもある未熟な私ですが、今回の研修のことを契機に心機一転で、頑張って行こうと思うことが出来ました。
新入社員と一緒に参加させて頂いた、お百度参り滝行ですが、最初は身体が辛かったが、続けるうちにだんだんとその辛さが麻痺していき、邪念が無くなっていくのを感じました。
この研修の中で滝に打たれたりお百度参りを行うことはつらかったですが、心が乱れたとき時や迷ったり怒りたくなったりした時にはすぐに言葉に出さず、一度心を無にして雑念や邪念を浄化できるように努めて行きたいと思います。
今回の研修で各職場の仕事を初める新入社員にとって、社会人として人間としての心構えを身につけさせる大変良い機会となりました、引率として来たはずの私自身も自分の未熟さや甘さを再確認させられ、今後の仕事への向き合い方を考えさせられる良い経験となりました。
この度は貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。
私はこの研修を通して多くの事を学びました。研修が始まり大きな声で天光寺のでございます。よろしくお願いいたします。あまりにも大きな声にビックリしました。そして自己紹介の挨拶が始まり、全員正座になり、「・・・から参りました・・・でございます。出身は東京です。どうぞよろしくお願いいたします。」正座からきちんと起立して自己紹介の言葉を述べながら頭を下げる挨拶です。簡単に見えて簡単ではありません。きちんとできるまで何回も挨拶をさせられます。そして大きな声で「やり直し」最初の方が20回ほどやり直しをしたと思います。この光景を見ていた全員が「甘くない」大変だと思いました。我が社の研修は130名の研修です。全員正座で全員が終わるまで正座です。全員終わるまで何時間かかるのか。きちんとやってくれよ。足がいたい。終了するまで2時間30分位かかりました。みんなで一生懸命やれた。参加者全員と連帯感が自然に生まれたと思います。そして今まで生きてきた人生を、振り返ることが出来ました。誓いの言葉の中に「私は何事においても、積極的に生きます。」という言葉がありましたが、この言葉を聞いてとても考えさせられる部分が多くありました。特に、自分が嫌いなこと他人が遣りたがらないことなどを、積極的に取り組んでいけば人間力の向上につながっていくと思いました。これからはそのことを意識して行きたいと思います。
研修での挨拶の練習を二時間以上行いましたが、挨拶だけを長時間する練習は初めての経験でした。辛かったと同時に挨拶の重要性を、改めて知ることができました。挨拶で、人との第一印象が決まるということを良く聞きます。天光寺で習った挨拶の作法するように努力します。また、滝行の厳しさを経験し、この二日間の研修期間で、だらけてしまっていた自身の部分が引き締まることができました。研修で行っていろいろなことが得ることができたことを、これからの社会人人生に活かしていけるように、頑張って行きたいと思います。本当に感謝いたします。
入社して一年経ち各営業所から集まった同期と共に、天光寺での社員研修を行いました。先輩に研修内容をききましたが、聞くだけでは解らず体験しないと、苦悩も感動も人それぞれなので、解りませんよと言われてしまいました。
そして、総勢13名(三泊四日)の企業研修が始まり、天光寺の本堂で挨拶をしてから研修内容の説明があり、服装を研修できるものに交換して、研修の始まりです。天光寺での研修で始まりがある挨拶は、通常の挨拶ところなり、声だしと言うものから始まりしかも礼儀正しくしなければならないもので、初めは驚いてしまいました。
発声は喉から出なく腹から声を出すと言われましたが、初めは解らずやたら喉が痛くなり困りました。続いて、三禮を行い精神的にも身体的にも極限を味わうことになり、物凄い研修が始まったと
身震いしました。さらに、お経の朗読や「南無大師遍照金剛」と言う、基本中の基本を身体に叩き込みました。滝行でもお百度参りでも、食事の初めには唱えなければならない大切なものだけに、暗記することが決められました。
私達の企業研修は、研修できる時間が有るので、お経にしても三禮にしても十三仏真言を、徹底して研修の中に入り込んでいました。
中には、ゼイゼイ吐息を荒立てる者も居ましたが、団結心と愛社精神から全員で頑張りとおしました。研修では個人も大切ですが、団体行動も大切な物になっていますが、積極的な心や自己啓発なども含まれた研修でした。
住職の法話では、自己啓発以外に積極性や思いやりや、向上心や決断力もついてもお話をきけたので、人生において素晴らしいことになりました。
「御宝号」の「南無大師遍照金剛」を500回唱える修行や、「光明真言」を連続で1000回唱えた時は、身震いしてしました。
瞑想では、反省や懺悔や感謝をテーマに瞑想しました。お香と薄暗い本堂と自然な音楽で、心の中まで癒され、日常生活から解放されました。
早朝6時に今まで起きたことが無かったり、夜の10には寝るので初めは戸惑いましたが、これが人としての基本時間の動きと聞かされ、なるほどと思いました。
今までの不摂生を改めて、これからは仕事に生活に目的意識を持って、活きて行きます。
学校では習わない、新鮮な学びや体験が有り有意義でした。
会社に勤めて三年が経ちますが、私の会社では三年目前後の者が数名で企業研修をして、充実した社員になるための教えがあります。その中で、私は天光寺におもむきリーダーとして、同僚や部下と共に8名で企業研修を二泊三日のスケジュールで行うことになりました。
上司からは、企業研修では厳しいことも有るかも知れないが、忍耐を身につけ成長する為にも頑張って来て欲しいと言われました。
初め研修と言うので、どこかの施設での研修しか考えていませんでしたが、お寺と聞いてどの様な研修になるのか一切わからず想像もつかず、同行する社員達との会話でも不安がありました。
今回訪れた天光寺での研修では、基本を学ぶことが有り挨拶や声の出し方から始まり、お寺での研修だけにお経の朗読やお百度参りや滝行や、心静か写経や写仏や三禮や瞑想から法話と盛り沢山あり、朝から夕刻まで修業的研修でした。
朝は6時に起きてから、洗顔後清掃から始まり身体を動かし、それから食事をしてすぐさま修業的な研修が始まりました。その後、スケジュールにある研修を消化してから、寝入るのが夜の10時まで密度の高い研修をしました。
一日目、二日目と、研修を消化していて、社員同士の連帯感とか助け合いとかが、直接的に感じられたことは良かったです。特に身体的に厳しかった三禮では、全員で頑張り落伍者の居ないように努力しました。滝行でも、一人づつ滝に入るのですが、みんなで応援したして頑張りました。
二泊三日間、社会から離れ・・・テレビも新聞もスマホもラジオも無い生活の研修体験をして、口に入れるのは天光寺の精進料理で空腹を満たしたので、お菓子やチョコレートや飴やケーキの無い現実に、不安も感じましたが気持ちを切り替えるには、とても良かった研修でした。
有難うございました。
私の中で特に印象に残っているものをランキングで書かせていただきます。
第三位は食事です。一言で表すと「すごく美味しかった」です。食材が高級なものというわけではありません。とても自然なものばかりでシンプルなのですが、とても美味しく感謝の気持ちも芽生えました。
第二位は、滝行です。私が思っていた以上に水が冷たく感じました。実際に滝に打たれてみると勢いがすごく、最初は痛いと感じました。ですが、座ってみて力を抜いてみると先程までの痛みを感じなくなり何かこう一体化したような気になりました。その感覚が今でも残っていて、力を抜くコツが分かった気がします。
第一位は三禮です。今、こうして書いている間も筋肉痛の状態です。これも一言で表すと「限界を超える」です。体中の筋肉を使いましたが、本当に己との闘いでした。ですが、やはり一緒に三禮した仲間がいたからこそ達成できたと思います。
他にも、この修行を通じて学んだことが多々ありますが、何より「思考、考え方」が大切というのも最後に教えて頂きました。 この修行に参加させて頂いた、○○株式会社と天光寺の皆様に感謝です。
私がこの世に生まれて二十三年が経ちます。
その中で、反省すべきところ、そして今回の修行で学ばせて頂いたことを書かせていただきます。
私が十八歳のときに東日本大震災を経験しました。そのとき住んでいたのは仙台で、高速道路にのろうとしていた直前でした。もちろん、その道路も津波に?まれてしまったので、もし、あの時、少しでも早くのっていたら、今の私はいなかったかもしれません。この震災で数万人が命を落とし、現在も復興がなかなか進んでいない状況です。
私の家族は全員怪我もなく無事でした。ただ、今までの生活スタイルを戻すには時間が必要でした。なぜなら、ライフラインが使えないのです。
まず、電気が使えません。なので携帯電話も意味をなしませんでした。家の中も全暗なので、懐中電灯とろうそくで灯りをとりました。
そして、ガスも使えません。雪が降る季節でしたがお風呂に入れないので、毛布で寒さをしのぎました。
さらに、水道も使えません。なので近くの学校に水をもらいに毎日行きました。
今まで当たり前だった生活が一変しました。ですが、その環境の中だからこそ感じたことがあります。
「当たり前だったことにありがとう。そして、生きていることにありがとう。産んでくれた両親に、育ててくれた両親にありがとう」という、気持ちでした。
人生で、細かく言えば反省する部分は沢山ありますが、私の一番の反省は「感謝の気持ちを忘れてしまう事」です。先程も文面で書きましたが、当たり前のことは、実は当たり前ではなく、もっと言えば、現代の日本を動かしている人達だけではなく、その先祖の人々があってこそだと思いますので、本当に全てのことに感謝しなければいけないなと感じております。
そして今回、そういった今までの人生の反省と、これからの人生をよくするということを含め、修行に参加させていただきました。
私の中で特に印象に残っているものをランキングで書かせていただきます。
第三位は食事です。一言で表すと「すごく美味しかった」です。食材が高級なものというわけではありません。とても自然なものばかりでシンプルなのですが、とても美味しく感謝の気持ちも芽生えました。
第二位は、滝行です。私が思っていた以上に水が冷たく感じました。実際に滝に打たれてみると勢いがすごく、最初は痛いと感じました。ですが、座ってみて力を抜いてみると先程までの痛みを感じなくなり何かこう一体化したような気になりました。その感覚が今でも残っていて、力を抜くコツが分かった気がします。
第一位は三禮です。今、こうして書いている間も筋肉痛の状態です。これも一言で表すと「限界を超える」です。体中の筋肉を使いましたが、本当に己との闘いでした。ですが、やはり一緒に三禮した仲間がいたからこそ達成できたと思います。
他にも、この修行を通じて学んだことが多々ありますが、何より「思考、考え方」が大切というのも最後に教えて頂きました。
この修行に参加させて頂いた、会社に感謝です。一泊二日の天光寺での研修を受けてみて自分に足りなかったもの、新しく気付くことがいくつかありました。
その中でも最後の法話でもありました「今までの人生を振り返って」という内容での、今だからわかる反省すべき点という所で考えさせられました。
誰でも辛い事、大変な事は嫌な事であり、できれば避けたいものだと思います。
自分はそういった嫌なことから目を背けてきたんだなと今回の研修を受けて気付かされました。
振り返ってみると何かを始める前、始めてすぐなどに我慢しがたいことがあると自分を追い込むことが足りなかったです。
また、やらないのと出来ないのでは違いは大きく、意味合いとしては全く違います。
なのでこの研修を機に何事もまずやってみる、自分の先入観を捨てて、やってみてもダメでも諦めずどうしたらいいか、そこまで行動に移す、そうでないと今までの自分に対する「自信」というのもないままだと思いました。
自分に自信が無いのは努力が足りない証拠。努力が足りないのは自分に甘い証拠。研修を通じて心身ともにそう感じさせられる、そんな研修でもありました。
それともう一つプラスして頑張っていきたいと思うことがあります。
それは先程書いた内容の一歩先です。自分自身今までと違い行動に移していき、良い事ももちろんですが自分が行動たがために嫌な事、辛い事が起こったとしても決して「後悔」をしない。自分自身で「限界」を決めつけて諦めない。
辛くて諦めそうになったしまった時、今回の研修で体験し学んだ事を思い出して、一つ一つ小さな事でも達成して良い結果に結びつけ、それを日々意識し研修を受ける前の自分よりも何倍も成長できると思います。
自分が研修の中で一番辛かったのは三禮です。
体力には個人差があるので人によって辛さなどの感覚は違うとは思います。終盤になると疲れて身体も痛く、徐々に動かなくなってきていました。
それでも身体が決して動かなくなるわけではありません。
正直すごく疲れて、自分でも頑張ったつもりではありましたが、いざ終ってみて本当に100%の力を出し切れたか考えると、所々、足を止めてしまった事。細かい部分、追い込んでやりきること事ができませんでした。今後辛い事があったら「三禮」を思い出して限界を決めつけず行動し日々成長していきます。この度、天光寺での研修を通し学んだ事は、
①挫折こそ幸福
②低姿勢で接する事
③我は出さず、色を出す事
④組織を活かせる人材になる事
大きく分けて4つの事を学ぶ事が出来ました。
この度の研修は、少し後ろめた気持ちで参加致しました。
一番最初に学んだ事は挨拶で、少し驚きました。
ですがこの「驚き」で研修への意欲が高まり、全ての修行が気持ちよくできました。
滝行では一番に入らせて頂き、何事にも動じず、負けない心を思い出しました。この度の研修で、普段感じることのできない事を学ばせて頂き、大変貴重な経験をさせて頂きました。
本当にありがとうございました。
この気持ちを忘れず仕事に精進してまいります。今回行った研修は初めての体験で、聞いた事もない行もありましたが、全て体験できて良かったと思います。
滝行では目標としていた三分に達する事ができず、自身の心の弱さが表れてしまいました。
その後の三禮ではその分の悔しさもあったので、三百回止まらずにやり切る事ができました。
終盤では脚が疲労で動きにくかったけど、諦めずにやり遂げれた事は自信にもなったし、達成感で満たされました。
食事の前にも唱える事が多くあって大変だったが、食前の言葉の内容をよく考えてみると、深いことが書かれていて感動しました。住職の法話は為になる事ばかりで、とにかく積極的に且、我を強く持ちすぎないように気をつけようと思いました。誓いの言葉をできるだけ多く、達成できるようにしたいと思いました。
今回研修に参加して、得るものが多くあり、勉強になり普段できない経験をさせて頂きました。
本当にありがとうございました。天光寺の修行を終えて、自分自身の考えの甘さや、自身を見つめ直す良い機会だったと思い、研修に参加させて頂き本当に感謝しております。
印象に残ったものは、滝行と住職の法話です。
普通の人生では味わえない体験という事と、自分だけでは参加してもすぐ諦めてしまう結果だと思いますが、研修メンバーと共に行う事で真剣に取り組み、頑張れたので、今後高いチームワークが生まれると考えております。住職の言葉では、個人に魅力がなければいけないと言っており、チームの中で「自分にしかできない事、オンリーワンを作るように」の言葉に共感し、自分のストロングポイントを更に延ばす努力をする事を、この研修を通して感じました。
明日から研修で学んだ事をしっかり活かしていきます。本日は誠にありがとうございました。
1泊2日という短い期間でしたが、様々な面で勉強になりました。初日の挨拶の作法から、直すべき点が多くありました。声の出し方やお辞儀の作法など細かく御指摘いただき、改めてしっかりとした挨拶が出来る事は社会人として重要だと感じました。
研修には実際に自分の身体を使いながら、お経を唱えるのを三百回連続で行うものがありましたが、とても体力的に苦しい修行でしたが、他の二人と協力しながら何とか終える事が出来ました。
始めは予想以上に身体を動かしながらお経を唱えるのは三人でバラバラになったりしたので、何回もやり直しましたが、三百回連続で他の二人と合わせられた事で協力や協調といったものがさらに深まったと思います。
お経については、御宝号と光明真言・般若心経について教えて頂きました。
特に光明真言は千回連続で唱え、般若心経は百回連続で唱えました。
千回連続だととても長く感じるのかと思っていましたが、唱えているうちに段々と心が無になっていき、雑念がなくなる事で時間がとても早く経過したように感じました。 お経というのは、普段の生活ではなかなか勉強する機会が無いので、勉強になりました。写経では、般若心経を写経しました。
水を硯に入れ墨をすり、一から墨を作り写経の準備をして、私語をせず一文字一文字を丁寧に書く事で、自然とリラックスした無の状態に近づけました。
普段の日常では、文字を丁寧に書くことを忘れたり、パソコンや携帯電話などで文章を書いたりする機会が多くなっていますが、時にはこうして自分で書く字を大切にしたいと感じました。2日目は、朝の掃除を他の修行に来られてる方たちとも協力して二時間かけて行いました。 部屋はもちろん、使った寝具、風呂場や玄関など全ての場所の掃除から始まりました。 使った物は自分達で掃除、整頓する。普段は1人暮らしなので、こういった掃除や整理整頓の事を忘れがちですが、改めてこういう基本的な事が大事だなと感じました。
研修の最後に、住職から法話をして頂きました。
仏教ついてや自分の人生をきちんと生きるために必要な事。日常生活や社会での中で成功するための考え方など、大変有り難い法話をして頂きました。今回の研修を通して学んだ事は、当たり前の事こそ大切に行いきちんと出来ていなければ1人の人間としてダメだなと感じました。
特に今回は会社にお金を出して頂いて勉強できる機会だったので、2日間を通して『会社に貢献するには』と『一人の社会人として必要な事』について考えていました。
今回学んだ事を今後の会社での行動で表し、また一人の社会人として成功出来る様に努力いたします。改めて今回はこのような機会を作って頂き、誠に有難うございました。
今すぐに全てを変えるのは無理ですが、日々進歩出来るように努力いたします。日間、想像以上に辛く、大変な体験をしました。
普段自分がどんなに楽な生活をしているのかと言う事を改めて実感できました。二日目から、一日目の疲れで何度か研修で手を抜いてしまった事を後悔するとともに、諦めない気持ちを持つという事や、全ての物に感謝をすると言う事、弱音を吐かない事など様々な事を学びました。特に心に残った所と言うのは一つ目は、食前の言葉です。普段何気なく食べているものにもしっかりと感謝の気持ちを持たなくてはいけない改めて学ばされました。
二つ目は法話で話されていた過去のあやまちや後悔を償う為に生まれてきた、と言う言葉と最後に言った誓いの言葉での「私は嫌みや嫉妬ではなく心から人を褒められます」と「見返りのない愛情を人に注ぐことが出来ます」という文。本日の研修この言葉、文を読み今までの人生を深く後悔する事が出来ました。今までの自分では後悔で止まって成長する事ができなかったと思います。今は後悔をしっかり受け止め、今後少しずつでも成長していき、誓いの言葉を全て尽くせる人間になります。
この三日間本当に感謝しています。これから先、辛く大変な事があってもこの三日間と学んだ気持ちの持ち方を思い出せばどんな事も乗り越えられると思います。
私は今回会社の研修の一環で、天光寺にて修業をさせていただく機会を得ました。実際に現地に行って、修業をさせて頂く前の私のお寺修業のイメージは、非常に精神的にタフであるというものだったのですが、実際に滝に打たれたり、2時間半のお経を読んだり、三禮といわれる、現代でいうスクワットのような修業を経験させて頂いたときは、精神的にも体力的にも私の限界に達していました。
しかし、これらの活動を自分一人だけではなく、同期の仲間と取り組んでいた時は、絶対に最後までやり遂げるんだという気持ちが、私の中に生れていました。日々の生活の中でも、親や友達の大切さを実感する場面は、多々ありますが、今回のお寺修業でも、改めてそのような気持ちを抱くことができました。今後はこの気持ちを大切にし、仕事やプライベートなど、実りある生活を送って行きたいと思います。
先ほど今回のお寺修業が、体力的にも精神的にもハードであると言ったように、どれも私の限界に達するような修業でした。しかし、今回このような修業を経験させて頂いたおかげで、日々の生活で感じる悩みや不安、ストレスはどれも大したものではないと思える自信があります。
また住職の高尾様に、自分の思考や意識の大切さを、改めて教えて頂き、プラス思考であることの大切さを学びました。今後仕事できつい事があった時にも、自分の思考や意識の違いで、その後に来る結果は変わって来ると思いますし、その時に自分の思考をプラスにして自分の成長につなげていくことが大切だと思うので、実際にこれからの生活で実行して行きたいと思います。また、自分を支えてくれた両親や友人を大切にしみんなにどって最高の人生が送れるようにしていけば、きっと明るい未来が待っていると思うので、まずは自分から変えていき、一歩一歩成長していきます。最後になりますが、今回は、貴重な機会をありがとうございました。
ありがとうございました。今回の禅修業研修を通じて様々なことを学び、体で会得しました。我慢強い心折れない心、同期と助け合いながらだったからこそクリアできた修業、そして、そこから得た達成感など。
そんな中、自分自身の考え方が大きく変わったことがあります。
「自分自身の力はまだ、引き出しきれていない」ということです。そのことを一番感じることのできたのが「滝行」でした。初めは予想以上に小さく水の量も少なかったので「この位なら、楽勝」と皆でタカをくくっていました。しかし、実際に自分の番になり、足を水につけた時点で予想以上に冷たい事に驚き、ふるえが止まりませんでした。バケツで水をかぶり、皆の応援のもといざ、滝ツボに入ってみると、全く予想していない程の冷たさで、本気で死ぬんじゃないか、と感じました。恐らく二、三分経過した頃、指導員の方から「大丈夫ですか?」と言われた時、思わず、諦めの言葉を発しようとさえ考えました。しかし、応援してくれる仲間に背中を押され、「こんなので負けていられない!絶対にやり遂げる」と自分を鼓舞することで見事達成しました。水から出た時は、滝から出られた安心感と、やり遂げった達成感がありました。その時感じた事は、「自分は今までこんな辛い経験をしたことがなかった。でも、それを乗り越える力が自分にあった。もっと自分の力を引き出していきたい」ということでした。
一泊二日の修行は自分にとって予想以上に辛く厳しいものでした。そんな辛い中でも気持ちで乗り越えられたことに自信を持ちました。この二日間で学んだ事を配属後、存分に自分の力を発揮していきたいと考えています。
今回の修業で最も心に残っているのは「人生は自分が人生の主人公になるか、負け犬になるかどちらかだ。」という言葉です。これは住職の方がおっしゃっていただけでなく、経験した全ての修業において手を抜こうと覚えば抜けるが、苦しい中でも淸極的に修業を行うことによって得られた結果も大きかったことからも、入ることだと思います。
修業の中でも少し手を抜いてしまった修業よりも自分を追い込んで頑張るできた滝行、三禮は苦しかった印象も強く残っており、その分、自らの精紳力、体を鍛えることができたと思います。ここに来るまで、私は「どちらか言うと自分よりも周りの人の目線や、反応を気にし、周りさえよければそれでいいという考え方でした。しかし、それでは人生の主人公になることはできないと思います。これからは周り周囲の人と調和をはかり、協力し合いながらも、自分が納得できる道を選び突き進むこと。そして、その道で努力を借しまず、頑張っていきたいと思っています。
まだ、修業では自分が周りよりも精紳的に弱いことが分かりました。特に集中力がありません。長時間にわたる修業の際、途中で気が抜けてしまったり、うたた寝してしまいました。しかし、苦しいときにふんばることができたり、滝行では今までの人生で最も辛い7分間を過ごすことで精神的に強くなれたと思います。これから仕事でさらに厳しい状況に立つ事もあると思いますが、困難から逃げ出さず、立ち向かっていきます。
今年から新たな試みとして初まった禅修行研修で来る前の心情として、周りの同期などを見ていると、「少し配属が延びた」「修学旅行みたい」など学生気分が抜け切れていない点が多々見られ、自分自身はと言うと、前に書いた気持ちもあり、「しんどそう」「なぜこの時期に会社に入ってまで修行をうけないといけないんだ」といった禅修行を行う意味や目的、意義というものを見出すことが出来なかった。
しかし、いざ始まってみると同期の目の色が変わり、最初の全員の自己紹介で目が覚めたようだった。その後も、二時間半連続でお経を唱える、三禮、写経、滝行、お百度参りなど、これらが全て自分一人だったら、弱気、弱音、妥協、リタイアなど考えたかもしれません。ですが、周りの同期が支えあい、励ましあい、時には笑いを交じえて刺激し合えたことが一番よかったのではないかと感じた。 また、最後の住職さんの法話は心につきささった。自分自身は今まで少し無理だなと感じるとあきらめることが多々あった。この点は自分の悪い部分であると認識はしていたが、ピンときてなかった。だが、手に届かないところにリンゴがある場合どうする?という例えに、前までの自分ならあきらめていたと思うが、これからは、知恵を働かせて、自分の幸せは自分でつかみ取りに行くという人生一度きりという考えを常に持ち続けに行きたい。
最後に、この研修を通じて、あきらめない心、成し遂げた後の達成感、同期全員の結束力が強くなったことが感じられた研修になった。関係者の方々本当にありがとうございました。
私は小中高とそれなりに厳しい部活(クラブチーム)で育ったため、体力・精神力は人並み以上にあると自負していた。しかし、成績としてはやはり人並み以上であり、日本や地方を代表するようなずば抜けたレベルではなかった。それを体格等の転生やセンスの差として片付けている自分がいた。今思えば精神力という面でまだまだ妥協している所があったのだなぁと感じる。
その点で言うと、今回の行体験は本気で精神面が追い込まれる環境に置かれたため、限界超えるまでやり抜く機会を通じてまた新たな自分に生まれ変わったような気がした。特に私は正座が苦手なのだが、行では所々正座をしなければないシーンがありそのシーンとは主に大切な言葉を述べているが多いので自分一人が崩れ落ちてしまうと場が台無しになる。
自分が正座を崩すことによって連帯責任で最初からやり直しになって他の人につらい思いをさせたり、食事の言葉を述べている最中にやらかしてしまったらご飯が食べられなくなるかもしれない。そのことを思うと辛かったが崩す訳にはいかなかった。一日目の途中では自分の意志と関係なく足が痙攣して立てなかった。日頃から行をやっている人達にとってはまだまだかもしれないが、精神力だけで体を持たせたという経験が高校卒業以来だったので、ここのところぬるま湯に浸かってきた自分には良い薬になったと思う。社会人にとっても同じでこれから体力的、精神的にキツくなる生活が待っていると思うが、その中でどれだけやり切れるかというところはどちらかというと体力面より精神面のほうが大きい。
また、先程の正座の話に紐付づけるならばそこで自分が自分に負けることによって、取引先との関係、自分を置いてくれている会社のメンツなどが丸潰れになってしまうかもしれない。人間が誰かとの関係によって存在していける動物である以上、これからは自分に負けることで周りにも影響をおよぼす結果にもなるのである。 そう考えた時にこの行体験は社会人としての生き方の縮図でもあったのかなと筆を走らせている現在、思うしかし、行体験をしたからといって自身を持って強いと言えるわけではない。これから先自分に負けそうになった時に今回の経験を思い出して「あの時あんな事をやってきたのに、今そんなこともやり抜けないのか」と自問しながら本当の強さを身につけていきたいと思う。ちょうど学生と社会人の節目の年、新しい挑戦をさせて頂けたことに感謝致します。
ありがとうございました。今回、私は二人の内定者を率いるインストラクターと、修行を体験・実践する若手社員との二つの役割で参加をさせて頂きました。今回の一番の目的であった「限界突破」に対しては、内定者2名とも(そして私も)体験出来たので、結果として、インストラクターとしても体験者としても非常に良かったと思います。
内定者の本研修に臨む姿勢も、今後に期待が持てるものでした。「ここに住んでいらっしゃる方を超えることを目指そう」をキーワードに、苦手な正座に長時間耐えたり、一番大きな声を出し続けたり、普段掃除をしていないであろう場所まで積極的に掃除をしたりと、社会に出てからも必要な主体性や忍耐力に気付き実践してくれました。そのような姿勢を基本とし、それぞれ滝行や正座にて限界まで挑み続けてくれたことは今回の趣旨もしっかりと理解し、常に意識をして取り組んでくれたことの成果を感じ、二人を評価したいと思います。
また体験者としては、肉体的に非常にハードであり、目指していた限界突破を経験しながら、日頃の生活の中で求められているものを感じ取ることが出来ました。例えば、千回同じお経を唱える修行は時間のかかる業務をやり遂げる感覚に似ていましたし、余計な所までそうじをするのはお客様に提出する資料の見直しをする感覚に似ていましたし、信じられないくらいに低い水温に強烈な痛みを感じる滝行で一度出てしまってもまた入っていくことは、自分の未知の体験を恐れずに苦しくてもまた挑戦する気概を学べました。
まだまだ修行の中で、改善すべき所もありますが、今回学んだことは、日常の中でも意識・実践していきたいと思います。
今回は事前にカリキュラムを頂いており、来る前から色々と覚悟を決めて参加をしましたが、思っていた以上に厳しい内容でした。「限界突破」を体験させ、己と向き合う良い体験なので別の機会も検討したいと思います。その際には、修行を一般人と圧倒的に差がある方にもインストラクターをお願いしたいと思います。
楽しみにしていた修行でした。先輩方から話を聞いていて、何か気付ける事があるかもしれないと思ったからです。また、宗教やお寺などが昔から好きだったというのもあるかもしれません。
一つだけ決めて来た事がありました。「何も考えず、無になってみる」というものです。私は普段、自分でも時々疲れてしまうくらい常に考え事をしています。中でも昔から持っている悩みについては、考えていない日はない、というぐらいずっとあり、それから開放されたいとよく願っていました。そこで、今回の修行はとてもいい機会だと考えたのです。
実際に全ての修行を通して行ってみて、久しぶりに、部活をやっていた頃のような達成感と充実感と、身体だけの疲労を感じられています。またお話して頂いた内容も今の自分にとって、とてもとても有難いお話ばかりでした。「昔の自分はしっかり出来ていたな。」と振り返る事が出来たのと同時に、今の自分に何が足りないか、足りない事ばかりだとは思いましたが、本当に心から反省する事が出来ました。最近ずっと悩み続けて、壁にぶつかっていたのは、今日こうして自分に必要な事をしっかりと吸収するためだったのかなと思います。
反省した点、改めて気付いた点、新しく教えて頂いたことを今この瞬間から一歩ずつ治し、前に進んで行きます。
短い時間ではありましたが、私の人生において大切にしたいと思っていた事を再認識させて頂きました。本当にありがとうございました。
前回も行をさせて頂いた時は、チームワークや団結力について身をもって知り、大きな力を頂きました。三禮をしている時は、前回の経験で仲間いると思い、まわりの仲間の姿を見て前回よりは続けてやれた様に思います。今後の仕事の面でも、仲間と力を合わせて、そして仲間と達成の喜びを思い浮かべて頑張って行きたいと思います。改めて仲間の重要性とやれば必ずできる、達成すると身をもって感じることができました。ありがとうございました。
また今回の二回目の行をやらせて頂きまして、特に自分自身の気持ちの持ち方を新にものにすることができました。やれば何事もできる。マイナス意識はすてて、意識を常にプラスに持つことの重要性です。人間は必ずいつか壁にぶつかる時がきます。その時に壁を乗り越えるのに重要な部分が、意識というところと、絶対にマイナスなことを口に出さないことです。
あともう一つは最初のところでありました。あいさつのところです。言葉一つで相手への伝わり方や感じ方が違うということです。しっかりとしたあいさつと礼のしかたを実戦的にしっかりとやっていこうと思います。この行をさせて頂いたことに感謝して今後の仕事をする上で、必ずプラスにしていきます。そして誰にでも感謝の気持ちは忘れません。また機会がありましたら、また行をさせて頂きます。ありがとうございました。
今回で二回目の修行になったが一日で全てやった。やり切る事の大切さや、仲間と同じ目標に向かっていく大切さを大きく感じた。
今回参加した営業一部であまり結果を出せていないのが現状であるが、絶対に自分達なら良い結果を出せると強く思った。それは、団結感を仕事においても誰かのため達成する喜びを全員で分かち合う事が一度出来れば大きく進化するのではないかと強く感じた。
まず少しの成功からでもいい。みんなで小さな喜びも分かち合っていきたい。そのためにも常に感謝の心を持って、互いにぶつかり合い、はげましあってやっていきたい。それが本物の団結力だと思う。
ただ仲の良いだけではダメだ。自分が中心となって戦う集団を作っていきたい。達成する喜び、みんなで同じ目標に向かっていく喜びをつかむためにもまず自分からやり切る事、あきらめない事を徹底していきたい。
自分が変わる事が出来れば周りのみんなにも良い刺激を与える事が出来ると思う。それが相乗効果を生んでさらに良い方向へと代わっていけると信じて日々過ごしていきたい。常にポジティブに最後までやりとげる。そして謙虚な姿勢を持ち続け舞台と役者を演じる事が出来れば大きく進化することが出来ると思う。今ここに自分自身のターニングポイントがきたと信じ続け頑張りたい。
p>一番感じた事は、一人は辛いということです。三禮は一人では絶対できないなと思いましたし、周りの人が頑張っているのを見てそれを自分のエネルギーに変えていくことができる。仲間は素晴らしいと思います。
自分自身、普段からすごいムラが多く、集中力が鈍かったりすることがあるのですが、今日は一つのことを長い時間やることで、無心になって集中することができて、集中ってこんな感じなんだなと実感することができました。今後の自分の行いの中で、同じ感覚になる場面をより多く作っていけるように、心身共に磨いて行きたいと思います。
いろいろなお話をきかせて頂いて、自分の事を底辺に置くということが「最近出来ていなかったなとおもいました。仲が良い中でもケジメをしっかりつけていかないといけないなと思いました。まだまだ周囲への気配りも足りないあと思いましたので、意識からすぐにでも変えることができる部分でもありますので変えていきます。
何がかんだ大切だと思ったのは、一瞬一瞬を全力で生きることです。「行」にしろ、休憩にしろ、何かを行っている事に対して全身を傾けて、楽しむことで自分の感じる事、人生を良くしていけると思います。
本日は誠にありがとうございました。今日の経験を活かし、今後の自分を良くしていきたいと思います。
私は今回天光寺さんに来ることで集中力の向上、自分自身の成長につながる様精進できればと思っていました。自分に対するコントロールや禁欲に関してはある程度できていると自負していたつもりが自動販売機もなく限られた時間内でしかとれない食事の中で甘い考えを持っていたことを痛感させられました。さらに精神だけでなく肉体においても未熟であることを痛感させられ、心身ともに鍛えなければいけないと感じました。
そして、滝行やお百度参りなど普段体感できない事を体験できたことが非常にいい勉強になり、今後自分の糧となり自分の更なる成長につながることを望んでおります。
住職の話の中でいくつか印象に残った話があり、自分の人生の主人公になれているのか、自分を愛することができているのかと言う内容がありそれを自分自身に問いただした際に、すぐ答えが出せなかった事が悔やまれます。しかしそんなことを糧にし、前向きな気持に切り替えることを今回天光寺さんに教えていただくことができました。
さらに、「自分自身を評価するのは自分自身」という言葉に目からウロコでした。今までは周りの目ばかり気にしていた部分があるので、これからは先ず自分自身を評価し、見つめ直し、自分を客観視する必要がると感じました。この二日間はとても規則正しい生活ができ、早朝からの清掃は大変な分、結果が出る上、とても清々しい気持ちになり心が洗われるようでした。
あの時間はとても自分に余裕があり、時間がゆっくり流れる様な気持ちになりいろいろと物事を考える事ができました。そんな余裕を仕事に持ち込み、会社にも貢献できたらと願っております。この度、天光寺での研修を無事に終えることができました。
天光寺へ来る前は、学生時代にサッカーで培ったものと、六月から始めたジム通いで、きついといえども大丈夫だろうと甘く見ていました。終わってみれば、立ち上がること、座ること、歩くのもまともに出来無いような状態です。サッカーの練習でも身体がここまでなるようなことはなかった気がします。しかし、悪い思い出というのはなくて、素直に来てみて良かったと思えます。自分ではなかなか寺で修行をしようとは考えもしないので、今回、会社に寺で修行をさせて貰ったことに感謝しています。
特に良かったと思ったことが二つあります。一つは「出会い」です。天光寺に修行に来ている方々と出会って、話をしていて印象的なことがありました。修行は、楽をしようと思えば出来る。でも負けたくないから頑張るのようなことを言っていて、自分も負けず嫌いな気持ちを忘れていたことを思い出しました。これを聞けたので、せっかく来ているのだから頑張ってみようと励まされました。
あともう一つは、修行中にリラックスして普段はなかなか考えたりもしないことを考えることができました。自分の両親のことや昔飼っていた犬の事など、久しぶりに思い出しました。昔の温かい家庭を思い出したりと、自分を成長させてくれたことに改めて感謝しています。
今回の修行で、普段経験しないことやつらい思いもしたので、無駄には絶対にしないよう日々意識していきたいと思います。今回天光寺の社員研修を終えて、まず、何事も気持ちの持ち方次第で悪くなったり、良くすることが出来たりすることを学びました。
天光寺に来る前は、集中が切れやすく、作業がうまく進まなかったり、時間を縮めることが出来無かったりしていたので、この修行を通して集中力の向上・持続が出来るようになりたいと思いながらこの三日間を過ごしました。
一日目はお経を千回唱えたり、三禮を百回したりしました。お経を千回唱える行では、姿勢を保つのもきついし、声を出すのも大変で眠気もするのでとても辛く、本当に自分との戦いでした。三禮もとても大変で、何度も立ち上がったり座ったりするので、足や腰は痛くなるし汗もたくさん出て来るので、何回も途中でやめようと思いましたが、他の周りの人が頑張って続けているのを見ると、自分も頑張ろうと思って最後までやり遂げることができました。夜は写経を二時間ほどかけてしましたが、その間、静かに黙々とやっていたので集中して行うことができたと思います。
二日目も三禮を行いましたが、前日同じ事をやっていただけに、とても長く、つらく感じましたが、一生懸命全力でやることが出来ました。お百度参りと水行も行いましたが、お百度参りは同じ所を百往復走り、大きな声で叫ぶというのはとてもきつかったです。また、水行は想像していたものよりずっと大変で、身体は冷え切ってしまい、こんなことはもう二度としたくはないと思いましたが、水から自分も着いていこう 前日出て来ると、身体が軽くなったような清々しい気持ちと、達成感があって、とても良かったです。
三日目は、お百度参りと滝行をしました。滝行は水行とはまた違った大変さを感じました。滝の中は想像よりずっと水の衝撃が強く、自分の我慢強さの小ささを知りました。
行の他にも、食事は毎回みんなで準備をして、同じ皿の物を分け合い、全員で片付けをしたりすることで、集団行動の大切さや、その楽しさと言うものを知ることが出来ました。
今回の体験を活かして、今後の訓練では、プラス思考、感謝の気持ち、『自分は出来る』と言う考え・意識を持って、頑張っていきたいと思います。
今回の研修プログラムを経て、最初は前回この行をやっていた人から話を聞いていて、かなりの覚悟を持って受けさせて頂きましたが、想像をかなり越える事が多く、本当に驚きましたし、辛かったです。
この研修で一番精神的に大きな事が学べたのは、何事にも「やれば出来る」という事でした。行をやっている最中に辛すぎて諦めてしまいたい気持ちは何度もありました。しかし、周りのみんなの頑張っている姿や、負けたくないという思いが、行の最中に目覚め始め、全てやり遂げる事が出来ました。特に、光明真言千回や、十三仏真言など、サボることの出来る行こそ、全力で取り組むことによって、周りとの団結力に繋がってくるのではないかと感じました。
我々グループでは仕事をやっていく中で、とても大切な事で、一つの何かに向かって全力で取り組むこと、そしてその一つの目私は天光寺での社員研修をおこなってみて、今年は去年と違う場所での修行という事で、どのような修行をするのかドキドキしていました。また、私の欠点でもある本番に弱いと言う事と、いざという時に自分に自信を持てるようになることを目標にしました。
実際に、寺修行を行ってみて、去年の修行とは全く違い、とても大変でした。写経では、久しぶりに筆を使い『般若心経』を写しました。苦手と言う事もあり、時間もかかってしまったし、何度も休憩をしていました。行を終えて振り返って見てみると、字が乱れていて、集中力の無さを改めて実感させられました。
他にも三禮という修行も行いました。三禮は肉体的にも精神的にもつらい行だと思いました。汗がダクダクになり、汗で足を滑らせながらも大きな声を出す修行はとても大変でした。修行中に何度も逃げようと考え、自分に負けてしまいそうになりました。ですがスタッフの声が聞こえ、『声を出せ』『自分に負けるな』と思いながら行いました。修行中は目標である百セットを一回も休まないと心に決めて行いました。また、負けそうになった時は、隣にいる同じメンバーも頑張っている光景を見て、自分も頑張ろうと励みになりました。
また、他には、滝行と水行も行いました。滝行と水行を行う前に枚買い、お百度参りも行いましたが、相当辛く、いつも滝着が汗でずぶ濡れになり、足の裏に血豆と水ぶくれができ、とてもきつかったです。ですが、毎回往復する度にメンバーがすれ違い、頑張っている姿が目に入ったので、自分も頑張りました。何度も手を緩めようと頭によぎりましたが、自分に負けないことを心に決めて修行を終えました。
滝行や水行では、とても水が冷たく過呼吸になり、早く出たいと言う気持ちでした。だけど少し時間が経つと水に少し慣れ、冷たくて早く出たいという思いがありながらも、自分に負けず『少しでも長く入っていよう』と思い、修行を行いました。滝行では雨も降り、水が冷たく、水量も多くとても痛かったです。結局滝行では自分に負けてしまい、二分しか入れませんでした。終わってから、あと一分でも入っていればと後悔しました。
今回の寺修行では、一番に自分に負けないということを学びました。どうしてもつらい時には、自分に負けてしまいそうになるので、その時は、寺での修行の事を思い出して頑張ります。